講演「溝口健二と成瀬巳喜男」(西山洋市)

今年の二月にこのブログで、西山洋市溝口健二成瀬巳喜男の演出についての講演を行うことをお知らせしましたが(「溝口と成瀬の演出の特徴は「長回し」でも「カット割り」でもない」(西山洋市))、
その講演の採録アテネフランセ文化センターのHPに掲載されました。

http://www.athenee.net/culturalcenter/special/special/nishiyama_mn.html

 成瀬に関していうと、成瀬監督は現場で役者さんに何も言わなかったと色々な本に書いてあります。何も言わないで演出したことになるのかと思われるかもしれませんが、では、何も言わなかったということのその「何も」とは一体何なのか。例えば、小津安二郎のように役者さんの台詞の言い方を逐一コントロールする。それから、小津の映画では登場人物が似たような仕草をすることが演出の特徴になっていますが、その仕草を逐一振り付けていく。おそらく皆さんにとっては、演出というとそういうイメージがあるかもしれません。けれども、演出というのはそれだけではないんですね。成瀬が何も言わなかったというのは、おそらく小津のようには言わなかったということだと思います。じゃあ成瀬は何をしたのかというと、ある撮影場所で、そこに出てくる人物の誰をどの位置に置き、それからその位置ともうひとりの人物の位置のあいだの距離をどのくらいにしようか決めて、次にそれらの人物の体の向き、正面を向けようか、横向けようか、あるいは互い違いにしようか、それを決めて、さらに、芝居の流れで、どの台詞のときにどの人物が立ち上がってどっちの方向に動くか、次の人物は次の台詞のときにどっちの方向に動いてどういう顔の向きで台詞を言うか、そういうことを逐一決めていたんだと思います。映画を観れば分かりますね。どの映画を観てもこれは成瀬がやったに違いないと思われるような典型的なシーンというのがいくつも出てくるわけです。つまり成瀬は何も言わなかったわけではなくて、そういう具体的なことをすべて彼のやり方で決定していったわけです。