『死なば諸共』について(西山洋市)

「江戸」とは地名であると同時に時代も示している。「吉原」とは江戸幕府公認の遊郭の名称である。遊郭には遊女がいて、契りを交わした男がいる。そこで起こるのは恋愛事件であり、心中沙汰である。


 ところで、今、「時代劇」と言えば、江戸時代以前の出来事を扱ったお話だが、江戸の人々にとっての「時代物」とは、江戸に徳川幕府が出来るより前、安土桃山時代以前の出来事を扱ったお話ということになる。とすると、江戸の吉原で起こった事件を題材とする『死なば諸共』は、江戸の人々にとっての「現代劇」ということになる。


 山中貞雄の映画は、「ちょんまげを着けた現代劇」というふうに言われたそうだが(それはつまり、「時代劇」を現代的な視点・センスで描いたという意味だと思うのだが)、それは思い違いではないだろうか? 山中貞雄は、逆に「江戸の人々にとっての現代劇」というコンセプトで映画を作ったのではないか。つまり、山中貞雄の視点は、彼が生きていた当時の「現代」ではなく、あくまでも「江戸」のど真ん中に置かれていたのではないか。山中の狙いは、「時代劇」を現代的な庶民の感覚で描くという小ざかしい「リアリズム」などではなく、「江戸の現代」を「江戸人の視点」で描くストレートな「アクチュアリティ」にあったのではないだろうか? そして、それが「現代的」に見えてしまうほど江戸の人々のセンスは現代人よりも現代的なものだったのではないか。それを山中は知っていたに違いないし、山中のセンスは江戸の最先端の人々に匹敵するものだっただろう。


『死なば諸共』は井原西鶴の「諸艶大鑑」中の一篇です。この話を、現代劇に翻案することなく、時代劇としてそのまま描きたいと思いました。「時代劇」とは、僕にとっては歴史風俗の問題ではなく、スピリットの問題なのです。いや、歴史風俗の違いによって見えにくくなっているけれど、実は江戸と現代は地続きですよね。だから、くれぐれも「時代劇」という言葉をそのまま表面的に受け取らないようお願いします。大事なのは江戸の、西鶴のスピリットなんです。
 そして演出的には、「江戸の人々にとっての現代劇」というコンセプトを志向し、それについて思考し、かつ試行中であるような実験的な娯楽映画になっています。山中貞雄の登場人物たちが、江戸人であることによって現代人にも「見えた」のと逆の手続きで、この映画の、現代人でもあるような登場人物たちは江戸人そのものに「見えて」くれるのだろうか?