『未亡人誘惑下宿』解説(大工原正樹)

 これは、山本晋也監督によって多く撮られ、ピンク映画では長らく人気だった定番シリーズ『未亡人下宿』のリメイクです(言わずと知れた「未亡人下宿」なのですが、周りの若い人で「未亡人下宿」はおろか「未亡人」や「下宿」の意味すらも知らない人が結構いたので、いらぬ説明をしているわけですが……)。「未亡人下宿」シリーズは高校生のときに1本だけ、しかもその時は映画の途中からしか観ていなかったので、企画を言い渡された後にビデオを借りてきて3本ほど観ました。橘雪子演ずる年増の未亡人と、久保新二を筆頭にどう見ても大学生には見えない下宿生たちがワル乗りに近いドタバタを繰り広げる艶笑劇でした。橘雪子が下宿生の卒業祝いにセックスの相手をしてあげるというシーンが必ずあり、当時の観客はそうしたおおらかなセックスシーンと少々くどい下ネタギャグを楽しんでいたのだろうな、と思わせるものです。
 リメイクといってもメーカーから伝えられた希望は「若いグラビアアイドルを未亡人役にして、題名から外れない内容の喜劇にしてもらえればOK」というものでした。すでに上がっていた準備稿を読むと、卒業していく童貞の下宿生に未亡人が性の手ほどきをしてあげるファーストシーンから始まって、内容はほぼ旧シリーズをそのままなぞったものになっています。新入りの予備校生を中心に下宿生たちが引き起こす馬鹿な騒動の数々はリメイクの必須要件と考えるにしても、まずは未亡人を自分が興味を持てるヒロインに変えたかった。そこで、ホンを直すにあたって脚本の藤岡さんと話したのは、身体を簡単に開かないヒロインにして欲しいということ、下宿生たちのキャラクターを、馬鹿は馬鹿でも物欲しげな馬鹿にはしないで欲しいということでした。
そこから決定稿までは思いがけず時間がかかりました。2稿、3稿と直してもなかなか納得のいくものにならず、藤岡さんとは別に演出部でもシナリオ直しの会合を何度も重ねたのです。あるとき、たまたま製作会社に来ていた井川耕一郎を拉致し、自宅で助監督二人と共に一晩直しに付き合ってもらいました。新鮮だったのは、井川が助監督に物語の頭からラストまでをソラで語らせて、つかえたり描写が曖昧になったりした箇所にこのシナリオの問題点がある、と指摘したことです。「どうしてそのシーンは上手く語れないのだろう?」と問いかける井川と、それに必死で答えようとする助監督のやり取りを聞いているうちに、それまでの靄が晴れていくような手ごたえがありました。未亡人は下宿と共に存在している――。それは、気づいてみれば単純なテーマの見落としだったのですが、袋小路に入りかけていた直しの方針がたしかに見えた瞬間だったのです。
井川は、自身の監督作で役者を演出するときにも同じような方法を使うらしいのですが、その時も、まず助監督に問いかけ、その返答を吟味し自分の思考を深めて次の問いを発していく、というやり方をしていて、アメリカ映画でよく見る精神分析医のカウンセリングに似ているのです。ホン直しも書かれたシナリオを分析して問題点をあぶり出す作業と考えれば井川のやり方はまったく正しいわけで、自分の生理と勘だけに頼る方法では共同作業は難しいと感じていた最中だっただけに、目から鱗、なんて教育的な人物なのだろうと井川に感心し感謝したものです。何故かそのときその場に居合わせた常本琢招などは、「あのときの体験は僕が一番勉強になった」と訳のわからないことを今でもよく呟いています。


撮影準備のことはあまり覚えていないので、そこそこ順調だったのでしょう。
メインセットの下宿は、向ヶ丘遊園の近くにある取り壊し寸前の建物を製作部が見つけてきてくれました。一見普通の古アパートながら、食堂と厨房、共同風呂、ふた間続きの大家の部屋(管理人室か)が玄関の脇にあるという理想的な間取りで、たぶん本当に寮か下宿だったのでしょう。シナリオの設定よりは部屋数がかなり多かったので美術部に廊下を半分に仕切る壁を作ってもらい、突き当たりに見えるようにしました。建物の全景が撮れるヒキ尻があったのも運に恵まれていたと思います。
もう取り壊しの日が近いので建物自体が崩壊しなければ少々壊してもいいという、普通のロケセットでは考えられない好条件もありました。ドアが爆風で吹き飛ぶカットや襖をぶち破るカットなどはそうさせてもらいました。ヒロインが暴れるシーンでも本当に柱をノコギリで切ったり壁をバットで叩いたりしたのですが、造りが頑丈で女の力ではそうそう壊れてくれなかったことが少々残念でした。
せっかく遊園地が近くにあったので、ラスト近くのヒロインと予備校生が話す長いナイトシーンでは閉園後の向ヶ丘遊園でも撮影しました。


岩崎静子の最初の印象は、派手な娘だなあ、というものでした。茶色でウエーブのかかった髪、露出の高い値段も高そうな服、スタイルはある意味抜群に良くて色っぽいのですが、大きなおっぱいとくびれた腰、細くて長い手足は・・・・・、愛する夫亡き後、健気に下宿を維持している未亡人のイメージを重ねるのが難しい外見でした。会話の反応も必要最小限しか返ってこないし、時々見せるこちらを試すような笑顔もなんだか挑戦的で、その頃「オールナイトフジ」という人気深夜番組に出ていたらしいのですが、まさに「オールナイターズ」そのままというか・・・・・・・。困ったなあと思いながら、とにかく髪の色を真っ黒に染め直してストレートにしてくださいとだけ伝えて別れました。
次に会ったのは衣装合わせとホン読みの日。「髪、黒くしろって言うからちゃんとしたよ」と笑う彼女の顔はどこか違って見えました。髪の毛が変わっただけでなく表情も柔らかくなっている気がしたのです。地味な衣装に着替え髪を後ろでまとめると、また一段と下宿の女将に見えてくるから不思議です。ホン読みでも、すでに半分以上はセリフが入っていて、初めて芝居をすることに照れながらも、次第にその気になってきていることがわかりました。未亡人を取り巻く5人の下宿生役の役者たちが気のいい人ばかりで、すぐに彼女と仲良くなってくれたのも良かったのでしょう、撮影に入ってからはかなりいい感じになってきました。
見ていて驚いたのは、普段はちょっとツッパッていて素っ気ない印象を与える彼女が、役に入ると豊かな感情を示してみせることでした。あるときは下宿生たちの狼藉に本気で怒り、あるときは人の気を逸らさない温かみのある笑顔で微笑み、またあるときは悩み、恥じらい、驚き、心配し、といった包容力の必要な表現がきちんと自然に出来るのです。これは、演技の技術ではなく彼女の柄がそのまま現れたものなのでしょう。だとすると一体この人はどんな生き方をしてきたのだろう、と少し興味をそそられました。
彼女とはこの後『のぞき屋稼業 夢犯遊戯』『痴漢白書8』と2本仕事が続きます。『夢犯遊戯』では主人公の探偵とパートナーを組む好奇心旺盛なバーのママ。彼女の見た目に近い、ちょっと蓮っ葉でセクシーな役でした。『痴漢白書8』では官能小説家に追い回される看護婦の役。一途で真っ直ぐな怒りを男にぶつけるときの彼女は色っぽくてなかなか魅力的でした。


斉藤陽一郎は、やる気無さそうにオーディションにやってきました。幽霊のように部屋に入って来たかと思うと、長い髪を掻き毟って黙っている。話を聞いていてもボソボソとつまらなそうに喋る奴で、ちょっと面白いなと思ったのです。このとき彼は岩崎静子と同い年だったのですが、まったくそうは見えませんでした。
彼の役は、典型的な「巻き込まれ型主人公」です。怪人ばかりの館(未亡人もこの怪人たちを保護しているのだから相当な変人といえるでしょう)にやって来る唯一普通の常識を持った人間。その都度驚き、悲鳴を上げ、いたぶられ、のた打ち回り、それでもたくましく自分の居場所を見つけていく主人公を面白く演じています。主役とはいえ、他の人物に対して受けの芝居が圧倒的に多いこの役を、的確な間合いで演じるのは技術のいることです。パターンをやるのが一番難しいのです。
今は青山真治監督の映画には欠かせない登場人物として知られる彼ですが、注目し続けて欲しい役者です。


北山雅康は、日本最大のメジャー映画『男はつらいよ』シリーズで最後期10作にわたり寅さんの実家「くるまや」の店員・三平ちゃんを演じていた人です。渥美清の遺作となった『男はつらいよ 寅次郎紅の花』では、もうあまり観客を笑わせてくれなくなった寅さんを相手に唯一笑える掛け合いを演じていたので覚えている人もいるのではないでしょうか。
この作品では部屋に篭って得体の知れない実験を繰り返している薬学部の学生の役でした。リハーサルで初めて彼の芝居を見たときには、一瞬判断不能に陥りました。そこまでやるかと思うほど極端なデフォルメで狂人を演じて見せたからです。しかし見ているうちに、いや、これはかなり変で面白いぞと思い始め、そのまま通してもらいました。
普段から錚々たる顔ぶれの役者に囲まれて仕事をしているせいか、現場での行儀よさと礼儀正しさには感心するばかりでした。
だからでしょう、そんな彼の仕事ぶりが後半のあるシーンで奇跡を呼んだのです。おそらく自分にとっても生涯唯一と言えるだろう奇跡的なショットが撮れたのは、カットが掛かるまでは決して芝居をやめない彼のプロ意識がもたらしてくれたものだと思っています。
こんな自画自賛のようなことを書くとなんて厚顔無恥な奴だと思われるかもしれませんが、こればかりは本当に奇跡的というしかないショットなので、これから見る機会があった人はそのシーンを是非探してみてください。


コンタキンテ大川興業の芸人で、江頭2:50と「男同士」というコンビを組んでいました。空手の有段者。顔は端正で普段は物静かな人なのですが、一旦スイッチが入ると異常なテンションで芝居をします。下宿の最古参で、おそらくヒロインよりも年上だろうというAVマニアの役でした。この人の芝居を見たときも、判断不能に陥りました。いいも悪いも判断の下しようがないけれど、なんだか面白いので好きにやってくださいと。
撮影の合間にはよく自分の話をしてくれました。友達の投げたダーツの矢が頭蓋骨に突き刺さって今でも穴が開いたままだと見せてくれたり、思春期に兄弟6人が6畳一間に寝ている中で、いかにしてマスターベーションをしたかなど・・・・・・そんな話をニコリともせずに淡々と話すので、やたら面白かったことを覚えています。
この撮影の数年後に「男同士」のコンビを解散して芸人としての活動も休止したのですが、最近になって復帰したという話を聞きました。今はどんな芸をやっているのか、とても興味があります。


元気安はワハハ本舗の芸人です。ロック・スターを夢見ながらいつもギターを手放さず、目茶苦茶なフレーズをかき鳴らしている学生の役だったのですが、台本の彼の役名の下には「パンク青年」と書いてありました。衣装合わせの日のことです、ベルボトムのパンツと真っ赤な柄シャツに、手にはギター、首からは小型のアンプとスピーカーをぶら下げるという格好をしてもらいました。「これ、どうかな?」と聞くと、「えーと・・・・・・・、あの・・・・、俺、今、頭の中が真っ白になっています!」と叫んだのです。驚いてどうしたのと聞くと、「台本に『パンク青年』て書いてありましたよね。だから、俺、すっかりシド・ヴィシャスのイメージで役作りしてきたのに・・・・・・こんなチンドン屋みたいな格好させられて・・・・・どうしたらいいのか分かりません」と泣きそうな顔で訴えるので、悪いとは思いながら大笑いしてしまいました。
結局、その衣装で出てもらったのですが、本人の意思に反してそれは見事に彼の芝居とマッチしていました。彼がシド・ヴィシャスをイメージしてどんな役作りをしていたのかは今でも謎です。劇中で歌っている出鱈目な唄の歌詞はすべて彼の経験に基づいたアドリブなのですが、よく聞くと、恐ろしいことを叫んでいます。


武田有造は、石川均監督『パンツの穴 本牧ベイでクソ食らえ』の主役でデビューした後、Vシネマに多く出演していた人です。同じ石川監督の『血とエクスタシー』が代表作でしょう。余談ですが、この映画は本当によく出来ています。麻生真宮子が素晴らしかった。
ここでは、キザで女たらしの美大生を演じてもらいました。本人は物静かな好青年なのですが、テレクラでナンパした女子高生と待ち合わせるシーンで、いきなりアドリブを言い始めたときにはちょっと意表を突かれました。「さあ、唄う?食べる?それとも踊りに行く?」というセリフを「さあ、シング?イート?それとも団しんや! ワハハハハハ・・・」とやったのです。あまりのオヤジギャグにそれはちょっと・・・と言い掛けたのですが、女子高生役の女の子たちは「団しんや」すら知らなかったのでしょう。ギャグだと判らずキョトンとしている様子が可笑しかったので、そのまま使いました。


河名麻衣は、瀬々敬久監督『すけべてんこもり』の主役でデビューし、ピンク映画やVシネマで活躍していた人です。武田有造演じる美大生の彼女の役でしたが、このとき彼女自身が現役の美大生でした。ほとんどの出演シーンでは服を着ていないのですが、大変ノリのいい子で、コンタキンテと絡むシーンでは、まるで「天才バカボン」みたいな掛け合いをしています。この後『のぞき屋稼業 夢犯遊戯』と『のぞき屋稼業 恥辱の盗撮』にも出てもらいました。