「みなしごキッチン」について(井川耕一郎)

(この文章は、『唄えば天国・天の巻』(メディアファクトリー)からの再録です)


 常本琢招の『制服本番 おしえて!』は、アイドル映画を撮りたいという欲望に貫かれているところが爽快だ。主演の山下麻衣はこの映画のためにつくられた歌「みなしごキッチン」(稲川方人作詞、クマガイコウキ作曲)をいかにもアイドルっぽく歌うし、ラストではカメラに向かっていかにもアイドルっぽく微笑んでみせる。だが、彼女の薄っぺらな可愛さが薄っぺらなまま輝いているのを見ているうちに、ふいに不安にかられてしまうのはどうしたことだろうか。
 それはたぶん山下麻衣演じる少女が本当は幽霊だからだ。映画の中では幽霊とははっきり言ってないが、夜の町で男を誘い、クスリで眠らせたあと、金を盗む悪戯をくりかえすヒロインは間違いなく幽霊である。それは盗んだ金を歩道橋の上からばらまいたあとに、


 十八ではなにかがワルイ
 十八ではなにかがワルイ
 十二の頃までいいコで生きた


とそっと小声で歌うことからも分かる。生者ならば、「十二の頃までいいコでいたのに」と歌うだろう。だが、彼女は「いいコで生きた」と歌うのだ。たぶんこの少女は十二で死んでいるのに、その死を実感できないまま、六年間も地上をさまよっているのである。まったくこれほど切ない幽霊がいるだろうか。
 だが、ヒロインの悲しみが頂点に達するのは、彼女に恋した青年が目の前にあらわれたときである。生者との恋が不可能な幽霊としては夜の町を逃げるしかない。そのとき、主題歌が流れるのだ。


 夜があけたら淋しいヘブンね
 まぶしいから あたしが先に帰るのに
 家で母さんは いやな男とくらしてる
 古びたシートの下りの電車に
 顔を隠して乗っても涙はでるし
 顔をあげたら自分が見える
 十八ではなにかがワルイ
 十八ではなにかがワルイ
 十二の頃までいいコで生きた


 まったく「夜があけたら淋しいヘブンね」とは何とやりきれない歌詞だろう。彼女は自分の死を実感しだしているのだ。