鎮西尚一『パンツの穴 キラキラ星みつけた!』(井川耕一郎)



 鎮西尚一の代表作。「河童みたいな俺だけど」だとか「水陸歌合戦」だとか「ジャングル娘」だとか、タイトルからして人を食った劇中歌が申し分なくいい。こんな歌、人間がうまく歌えるはずがないではないか。
 だが、役者たちはそれらを半ば途方に暮れながらも真剣に歌い踊ってしまう。これには本当に脱帽した。何の必然性もなく唐突に学芸会が始まってしまったことの悲劇。これこそがこの映画の一番の魅力だ。つまり、『パンツの穴 キラキラ星みつけた!』はミュージカルではなく学芸会映画であるところが素晴らしい――というふうに以前は考えていたのであるが、さて、今回、ビデオで見直して、私はある役者に注目した。テニス部の顧問の先生を演じている加藤善博。たしかに広田玲央名加藤賢崇も鎮西の映画にふさわしい演技をしていて素晴らしいのだが、しかし加藤善博の単刀直入でぶっきらぼうな存在感は、それ以上なのではないか。
 私が思うに、加藤善博はこの映画の中でたった一人、学芸会ではなくミュージカルを目指しているから凄いのだ。たとえば、彼はテニス部の生徒たちに突然、「俺はお前たちを管理しない」と宣言して以降、ことあるごとに「俺は自転車を管理しない」「俺は猫を管理しない」と言い放つ。この言い放ち方は台詞を言うというよりは、歌っているという方がぴったりだと思う。だが、彼の最高の演技は、西野妙子の継母を演じる広田玲央名に出会った瞬間だろう。彼は旅館の窓を大胆にもまたぎこして、広田玲央名の前に突っ立つなりこう言うのである。「失礼ですが……、素晴らしい方だ!」まったく驚き呆れた演技である。だが、ミュージカルとは恋と歌と踊りだと定義するならば、この瞬間には何故だか音楽ぬきでミュージカルの三大要素がそろうという奇跡が起きているのである。と言うわけで、今の私はこの映画についてこう断言したい。失礼ですが、素晴らしいミュージカルだ。


(このエッセイは、『唄えば天国・地の巻』(メディアファクトリー)からの再録です)