『演出実習2007』編集ノート(北岡稔美)


映画美学校2期初等科時代、提出したビデオ課題を見た担当講師の井川さんの講評はこうだった。
「おそらく北岡さんは、考えてきたカット割りをこなすことばかり気にしていて、演出を怠っていたのではないだろうか。」
はい、ごもっともです井川さん、でも私、怠っていたというより、演出ってもんがよく分かってないんです……
当時、そんな言い訳めいたことを言った気がする。
それからは「演出」について考えてみたものの、考えれば考えるほど、どうやったら「演出」したことになるのか分からなくなった。おかげで2回目のビデオ課題は散々な結果となり、「演出できない自分」がトラウマになった。


あれから10年。


「演出とは何か?どうやったら演出ができるようになるか?」という疑問をずっと抱き続けていた。
なので井川さんから「『初等科の演出実習』記録を素材にした教材ビデオを作りたいので、編集を担当して欲しい」とお話をいただいたときには、渡りに船とばかりに引き受けた。


映画美学校の授業内容は、年々変化していっている。


私が現役生だったときには、このような「同じシナリオを使ってグループ毎に演出・撮影をする」という実習はあったが、さらにその後で「同じシナリオで講師が演出をして見せる」というステップはなかった。なので、これは非常に画期的で魅力的な授業に思えた。現役時代、こんな授業があったらなぁ……と羨ましくさえなった。


よし、これは良い機会なので、自分のために引き受けるとしよう!本音はそんなところである。


こうして教材ビデオ制作が始まった。


まず手始めに、実習の記録ビデオを借りて見ることにした。
講師一人につきDVテープ3〜4本、軽く3〜4時間分。恐ろしく長く、正直ゲンナリしたが、編集前の素材のチェックも兼ねているので見なければならない。いや何より演出を勉強するんだから見るべきなんだよ自分!と自らにハッパをかけて見始めたら、これがたいそう面白く、興味深い授業記録であった。確かに、これをデッドストックにしておく手はない。よし、君ら(記録ビデオたち)に日の目をみせてやる!
見処は山のようにあるので編集するのはもったいない気もしたが、ダイジェスト版以外に完全版も自由に閲覧できるようにすると聞いたので、ダイジェスト版は演出を考えるための導入と捉えることにした。
ひとつ気になったのは、後ろで見学している初等科生たちの様子だった。
講師の演出をしっかり見て勉強しよう!と気負いつつ参加したのであろうが、ただ見学しているだけの状態が何時間も続くと、さすがに辛かろう。こんな授業があって羨ましいなどと思ったりもしたが、もし自分があの場にいたとしても、恐らく彼らのような状態で最終的にはボンヤリ見ているだけになってしまうのではないか。それでは単に授業に出席したという事実だけが残り、肝心の演出について何も学んでいないことになる。そんなことも感じたので、このビデオは「授業に出てみたけれど、よく分からなかった」初等科生がいると仮定し、そんな初等科生を始めとする演出初心者(自分も含む)向けに編集することにした。


久しぶりのファイナルカット。腕が鳴る。


万田さん、西山さん、井川さんの3講師の演出記録を見て、いちばん動きがあって進行も分かりやすい万田さんのダイジェスト版から編集に入った。
井川さんから、「実際の時間を入れてください」という指示があったので、素材を取り込んだ後はまず5分刻みの分数を入れた(これは基本フォーマットとして、他の2本にも同様にした)。


万田さんの場合、とにかくよく動く。美学校のロビーに椅子を並べて家具に見立て、即席のセットを作る。作られた空間を歩いてみて、位置を調整し、そこで実際に登場人物二人の動きを試してみる。ベッドに見立てた椅子に横たわろうとし、「いや違うな」という感じで首をかしげて起き上がる万田さんには、ついクスリとしてしまう(万田さんゴメンなさい)。しかしこのシーンは重要なのだ。実際に自分の身体を動かして考える。それはこの実習のあいだ常に万田さんがしていたことだ。その万田さんの動きを中心に繋げばいい。編集方針は決まった。
とはいえ、膨大な素材のどこをカットし繋いでいくか。特に万田さんの場合、実際に撮影するところまで進んでいたので、使えない部分を切っただけでも1時間15分くらいあった。あますところなく丁寧に繋げば、それはほとんど編集しないまま見せることになる。
困り果てて井川さんに相談すると、では実際に撮影をする前まで(カット割を発表するところまで)にしましょう、ということになった。撮影に入るところまでで約65分。あとは方針通り万田さんの「動いて考える」動きを中心に、テイクを重ねている部分や内容的に分かり辛い部分をカットし、なんとか45分のダイジェスト版にまとめた。
ちなみに字幕を付けることにしたのは井川さんのアイデアである。字幕を付けたことで進行がより明確になったのは良かったと思う。


西山さんの場合は、本読みから始まり、リハーサルに移行していくというやり方だった。
しかしこれは、前もって井川さんから「今回は本読みの部分だけを使いましょう」という指示があったので、編集的にはあまり困ることがなかった。というのも、見ていただければ分かるように、一連の流れで進行しているので、切りようがなかったのだ。
しいて言えば、冒頭で、試しに役を入れ替えたのが、そのほうが面白いということになり、入れ替えたまま続行することになった経緯を説明すべきかどうか迷ったことだったが、井川さんの「字幕を入れるだけでいいよ」の一言で解決した。
編集がスムーズにいったから、というわけではないが、西山さんのはフィクション映画を見ているようだった。
西山さんは役者の生徒に対して、様々な指示を出して本読みをさせる。そして尋ねる。「今、何回くらい読んだかな?」「自分の中で、役に変化は出てきた?」そうして役者との対話を通して、西山さんの中にも新たなキャラクターを生み出そうとしているように思える。その流れが、なんとも不思議なやり方に思えてドキドキするのだ。西山さんは一体何を考えて、どこに向かっていくのだろう?と、ワクワクしながら編集していたことを思い出す。(そしてその謎は後日のインタビューで明らかになるのだ。)


井川さんの場合が、一番困った。
リハーサルをやっているわけだが、説明もほとんどなく、「もう一回お願いします」を繰り返すばかりである。
初めて見たときから、リハーサルの回数を字幕で入れることだけは頭にあった。
なので、とりあえず回数を入れてみた。
1回目、2回目、3回目……15回目、16回目……50回目、51回目!
これには当の本人・井川さんもビックリするやら呆れるやらで、思わず笑ってしまった。
この「回数を重ねる」というところが、井川さんの特徴だろう。
ところが。では××回目と××回目を使って、××回目と××回目をカットする、というのが皆目見当がつかない。
結局この『リハーサル編』に関しては、本人に編集構成を考えてもらうしかなかった。
自分が演出している姿を自分で編集するなんて、相当やり辛かったと思う。申し訳ない気持ちでいっぱいである。


こうして、3本の教材ビデオの編集は終わった。


万田さん、西山さん、井川さんはそれぞれ違ったやり方で演出をしていた。それはきっと、経験を積み重ねて到達した自分なりの方法なのだろう。
つまり。演出が分からないと嘆くより、どんどん経験を積むべきだ、ということか。うーん、そうだったのか……
『演出実習2007』は演出のお手本ビデオではない。自分なりの演出を模索するときの研究資料として、大いに役立てていただければと思う。勿論、自分にとっても……