日録1980年7月14日(渡辺護)


(このエッセイは、「日本読書新聞」1980年7月14日に掲載されたものです)


×月×日
東宝のお盆映画『日本の痴漢』の撮影にインする。毎度のことであるが、新宿安田生命前七時半集合はキツイ。五日間と言う短期間で撮りあげなくてはならないのは、いつおながら痛烈だ。今月のセットは、浅草。昔からの友人“赤提灯”の町田さんにめんどうをみてもらい、仁丹塔裏で以前“赤提灯”だった所を使わしてもらう。撮影は快調に進む。「俺たち痴漢に明日はない」「勃起したペニスに良心はない」久保新二と、堺勝郎から脚本にないセリフがポンポンと飛び出る。よし、そのまま行こう。フィルムはバンバン廻る。久しぶりの喜劇だ。役者の芝居を見てふくらませながら、ドラマの中で起きる最も滑稽なのを廻していくわけだが、この調子で果して五日目にはフィルムがあるだろうか。そんな心配をする位、みんなノリにノッている。
ウチのスタッフは、照明七〇歳、カメラが三三歳、私監督四九歳だ。その渡辺組の平均年齢をグーンと下げるスタッフが今回いる。助監督のすみれちゃん、二一歳だ。中島葵の劇団からの紹介でやって来た彼女は、日暮里の左官屋さんの娘さん。名前は、お父さんが漫画からつけたほんとうの名。自主映画をやりたいという。秋吉久美子をスタイル良くした様な、鳩胸の出ッ尻で顔も実に可愛い。「君、俺の現場について、勉強になる?」などと聞いてみるが、かなりワイセツな場面を撮っているにもかかわらず、呆れているふうはなく楽しそうに動き廻っている。キラキラしたいい目をしている彼女は、どことなく少年っぽい。
お好み焼きの“染太郎”へ連れて行って、お好み焼きと焼そばをごちそうする。おいしそうにお好み焼きをほおばるすみれちゃんは、ああ今日はたいへんぜいたくをしたという顔つきだ。若い奴は、安上がりでいいなあ。現場で笑いころげるすみれちゃんを見ると、俺はこんなことしてていいのだろうかなんて思うのだが、さあ、明日も撮影だ。