参考資料:大和屋竺『おんな地獄唄 尺八弁天』シナリオと渡辺護による直し(シーン48〜シーン56)


大和屋竺のシナリオ)
48 本多邸・応接間
  ソファにゆったりとくつろいでいる本多。
本多「ごろつきどもとは相変らずつき合っているのか?」
  「むろん」
  答えた男はセイガクである。
本多「お役目とは云え、御苦労なことだ。所で君に来て貰ったのは、私の工場にさいきん不穏な動きがめだってきておるので、その背後関係を洗って欲しいのだ。出来ることなら、めぼしい人物を突きとめて消して貰いたい」
セイガク「危険分子の動きは大体察知しております」
本多「どの程度のものかね」
セイガク「爆弾を使用して工場を爆破する位は朝飯前……」
本多「本当かね」
セイガク「個人テロを企む者もかなりいます」
本多「(不安に笑い)……じつはその個人テロのなり損いで、君にも序でに頼みたい事があるんだよ」
セイガク「分ってます」
本多「ほう」
セイガク「弁天のお加代」
本多「どうしてそれを?」
セイガク「この耳は地獄耳ですぜ」
本多「弁天というのは本当は何者かね。無政府主義者かね」
セイガク「かもしれねえ」
本多「えっ?」
セイガク「ハハハ……」
  ゲラゲラと可笑しそうに笑う。


渡辺護の直し)
48 本多邸・応接間
  ソファにゆったりとくつろいでいる本多。
本多「弁天の始末は?」
  「つきました。この通りで」
  答えたのはセイガク。
  切り取った髪の束を手渡す。
本多「フム……」
セイガク「首根っこに一発。倒れた所を側へ寄って胸乳に二発。それで仏になりました」
本多「よくやった」
  本多、髪の匂いを嗅ぎ、踏みにじる。
本多「出来ることなら、背中の皮をはいでもってきて貰うんだったな。見事な彫り物だそうだ」
セイガク「へえ……そうでしたか」
本多「知らなかったのか?」
セイガク「一向に……」
本多「残念なことをしたな」
  本多、札束を手渡す。
セイガク「何しろあっしは犬ですから。色メもきかねえ盲ら犬で」
本多「その犬の鼻を少しきかせて貰いたい。私の工場にさいきん不穏な動きがめだってきておるのでな」
セイガク「危険分子の動きは大体察知しております」
本多「どの程度のものかね」
セイガク「爆弾で工場を爆破する位は朝飯前……」
本多「本当かね」
セイガク「個人テロを企む者もかなりいます」
本多「(不安に笑い)弁天の加代も考えようによってはその類いだったかな」
セイガク「かもしれねえ。ハハハ……」
  ゲラゲラと可笑しそうに笑う。


大和屋竺のシナリオ)
49 町の通り
  スタスタと歩いている加代。
  物陰にひそみ、息を殺してドスを抱いている銀次。
  ダッと突きかかる。
銀次「貰った!」
  バシュッ――。
  加代、身を沈め、すいと抜けて後も見ずに歩いてゆく。
  銀次、割られた胴から血をドッと吹き出して倒れる。


渡辺護の直し)
シーン49の直しはなし


大和屋竺のシナリオ)
50 本多邸・応接間
  汗をしきりに拭う本多。
本多「で、その、南部機関というのは?」
セイガク「貧民にまで根をおろした諜報機関……とだけ云っておきましょう。ところでこの末端に生きる者はただ地獄耳を持っているだけじゃない……」
  セイガク、いきなり尺八をとり出し吹き出す。
本多「……」
  呆っ気にとられてみつめる。
  普化宗の荘重な調べ、陰々とひびきわたる


渡辺護の直し)
50 本多邸・応接間
  汗をしきりに拭う本多。
本多「相変らずごろつき共とつき合っているのかね?」
セイガク「むろん。ところでこの末端に生きる者はただ地獄耳を持っているだけじゃない……」
セイガク「一匹……フフフ……」
  セイガク、呟いて笑う。
  本多、けげんそうに、
本多「どうした?」
セイガク「なあに、ドジな長虫のこってす」
  本多、しきりに汗をぬぐう。
本多「今夜は蒸すな」
セイガク「全くで。おまけにあの犬の遠吠えだ」
本多「(耳をすます)きこえんが」
セイガク「(笑う)旦那にはきこえねえ。そりゃそうさ」
本多「……」
セイガク「ひとつこっちも吠えてやろう」
  セイガク、いきなり尺八をとり出し吹き出す。
本多「……」
  呆っ気にとられてみつめる。
  普化宗の荘重な調べ、陰々とひびきわたる


大和屋竺のシナリオ)
51 夜の道
  夜空を仰ぐ弁天の加代。
加代「ああそこだね。今行きますともさ、吉祥天のお人……」


渡辺護の直し)
シーン51の直しはなし


大和屋竺のシナリオ)
52 土蔵の中
伝八「頑張れ。もっとこっち……そうだ、もうちょっと……」
  不自由なからだを芋虫のようにもだえて、歯を使い、さよの縄目を解いている伝八。
さよ「私も入れるんだ……お姐さんみたいにきれいな刺青を……背中にねッ」
伝八「く……そら、解けたぜ、おさよちゃん」


渡辺護の直し)
シーン52の伝八の台詞をカット。


大和屋竺のシナリオ)
53 廓・土蔵の前
  嘉助の頬をヒタヒタ打つ白刃。
嘉助「えええ……」
  嘉助、腰を抜かす。
加代「開けな」
  嘉助、ブルブル震えて錠前を外す。
  中へ追いこむ加代。


渡辺護の直し)
53 廓・土蔵の前
  嘉助の頬をヒタヒタ打つ白刃。
  嘉助、腰を抜かす。
加代「足を刈りとってやろうか。二度と人買いの出来ないように」
嘉助「助けてくれ!」
加代「足がなくても這って行く?」
嘉助「この通りだ!」
  拝む。
加代「開けな」
  嘉助、ブルブル震えて錠前を外す。
  中へ追いこむ加代。


大和屋竺のシナリオ)
54 同・中
  半ばの縄をじぶんたちで解いた二人。
伝八「誰でえっ! おう、弁天の!」
さよ「お姐さん!」
  さよ、しがみつく。
加代「さよちゃん!」
伝八「姐御。頼む! 俺に、盃をくれ」
加代「三ン下。このこを頼んだよ」
  ポイと分厚い財布を伝八に投げる。
  嘉助、ウアアア……と叫んでとび出し、逃げてゆく。
伝八「姐御……」
  笛の音が近い。


渡辺護の直し)
54 同・中
  半ばの縄をじぶんたちで解いた二人。
伝八「おう、弁天の!」
さよ「お姐さん!」
  加代、背を向けてこらえる。
加代「おさよちゃん。ね。こうなんだよ。私っていう極道のやることったら……許しとくれね」
さよ「お姐さん……」
加代「もう呼んじゃいけない。お姐さんなんて」
さよ「いや!」
加代「私はただ拾い物を届けにきただけ」
  加代、かんざしを落とす。
  笛の音が近い。


大和屋竺のシナリオ)
55 応接間
  尺八を吹きやむセイガク。
セイガク「本多の旦那。そういう犬みてえな野郎がいたんだよ。その諜報何とやらのな」
本多「……な、なに?」
セイガク「俺あそいつをぶち殺してやったんだ。そして身代りをやったのさ。ずい分昔の話だが」
本多「き、き、貴様……誰だ?!」
セイガク「俺? 俺あ俺だ。流れ者の俺だ。人殺しの俺、悪道の俺……」
  セイガク、南部式軍用拳銃をひき抜く。
本多「ゲッ……」
  外で、
嘉助「大変だあッ……来る! 来る! こっちへ来る!」
セイガク「俺あもう、てめえに飼われる犬じゃねえ」
  ピタリ、本多の胸板を狙う。


渡辺護の直し)
55 応接間
  尺八を吹きやむセイガク。
セイガク「本多の旦那。永えつき合いだったな」
本多「なにを云うんだ今更。ま、今後とも宜しく頼んだぞ。君の様な有能な……」
セイガク「犬! その犬の餌は今日限りにして貰いてえ」
本多「な、なに?」
セイガク「旦那の背中には何が彫ってあるんだ?」
本多「……」
セイガク「何も? まっ白だ? へえ……そいつあいいや。なめして的に使わせて貰おうか」
  セイガク、南部式軍用拳銃をひき抜く。
本多「ゲッ……」
  外で、
嘉助「大変だあッ……来る! 来る! こっちへ来る!」
  ピタリ、本多の胸板を狙う。


大和屋竺のシナリオ)
56 本多邸・庭内
  屁っぴり腰で刀を突き出す一同を尻めに、加代、
加代「引っこんで下さい! この家の主人に用です!」
  「だあッ!」
  二三人、束になってかかり、忽ち倒される。
  血しぶき浴びて立つ加代。
  屋内に銃声が何発も轟く。
加代「アッ……」
  中へ駈けこむ加代。
加代「ちきしょう……」
  本多、朱に染まって倒れている。
加代「どこにいるのよ、あんた!」
  「逃がすな!」
  どっとと追いかける稲荷の乾分たち。
  加代、懐刀を振るいバタバタ倒す。
加代「出てこないか吉祥天のお人! 私のせなをお忘れかえ?!」
  加代、虚しくなり、危うくなる。
稲荷「叩っきれ! それ押せ!」
  銃声がその度に響いて乾分たちがコロコロ倒れる。
セイガク「おい、弁天。もう呼ばねえでくれ」
  硝煙にまぎれて、尺八を握ったセイガク、ちらと加代の前に現れる。
加代「あんた!」
  尺八が密集する乾分たちの頭上で爆発する。
  何も見えなくなる。


渡辺護の直し)
56 本多邸・庭内
  屁っぴり腰で刀を突き出す一同を尻めに、加代、
  二三人、束になってかかり、忽ち倒される。
  血しぶき浴びて立つ加代。
  屋内に銃声が轟く。
加代「アッ……」
  どっとと追いかける稲荷の乾分たち。
  加代、懐刀を振るいバタバタ倒す。
加代「出てこないか吉祥天のお人! 私のせなをお忘れかえ?!」
  加代、虚しくなり、危うくなる。
稲荷「叩っきれ! それ押せ!」
  銃声がその度に響いて乾分たちがコロコロ倒れる。
  吹きとばされた本多、セイガクに追いまくられて出てくる。
本多「頼む!」
稲荷「てめえ! 一宿一飯の恩を忘れやがったのか!」
セイガク「ああ、忘れた」
  ヤロウ! つっかかる乾分にドカッと火が吹く。
セイガク「弁天! 存分にやんな」
  本多、蹴りとばされる。
加代「恩にきるよ吉祥天のお人!」
  本多、ギラリ、白刃を握り立つ。
  この対決を巡り、稲荷一家との立ち回り、セイガクの弾丸の尽きるサスペンス等、よろしくあって――
  本多、血煙を上げて倒れる。
セイガク「おい、弁天。もう呼ばねえでくれ」
  硝煙にまぎれて、尺八を握ったセイガク、ちらと加代の前に現れる。
加代「あんた!」
  尺八が密集する乾分たちの頭上で爆発する。
  何も見えなくなる。