大工原の主演女優にハズレなし。(井川耕一郎(脚本))

 シナリオの打ち合わせということで大工原さんの家にあがりこんで、昼日中からビールを飲んでいたら、「最近、森谷司郎東宝で撮ってた青春映画を見直しているんだけど、なかなか面白いですね」と大工原さんが言うのである。
 それから話は『放課後』(73)のことになり、「あの映画のライターは井出俊郎ですね。成瀬巳喜男のシナリオを書いてた――」「あ、だから、栗田ひろみ主演というより、地井武男宮本信子の中年夫婦の話になってしまったわけか」というふうに展開し、「じゃあ、『放課後』みたいに今回は夫婦の話でもやりますか」ということになったわけである。
 しっかり者の奥さんと明るく元気な息子がいる大工原さんが、夫婦の危機を撮るってのは面白かろう、などと私は考えていたのだろう。けれど、いざ話をつくる段になると、これが毎度のことながら、いい案がさっぱり思い浮かばない。
 さて、どうしたものか!と途方に暮れた私は、放課後、ホウカゴ、ほうかご、と日々呟き続け、そうこうしているうちに、「放課後」の「後」の字がすり切れ、ぽろりと脱落。そんなことにも気づかず、ほうか、ほうか、ほうか、とぶつぶつ唱えているうち――、気がつくと、私は放火に関する資料を読んでいて、放火犯のことを赤猫と呼ぶのは面白いな、などと思っていたのである。
 ところで、監督・大工原正樹というと、「大工原の主演女優にハズレなし」というのが定説である。『風俗の穴場』(97)の石川萌のぞき屋稼業 恥辱の盗撮』城野みさ『未亡人誘惑下宿』(96)の岩崎静子――大工原作品を見ていると、この女優はこんなに良かったのか!と発見させられることが多い。大工原のヒロインは皆、一見おっとりしたたたずまいである。だが、内に秘めた堅い芯があらわになるときがあって、そこが魅力的なのだ。
 今回の『赤猫』では、独白する森田亜紀のアップを見て私はぞっとした。静かに淡々としゃべっているのだが、確実に狂っている。しかも、その狂った顔が、息を殺していつまでも見入っていたいと思うほど、魅力的なのである。一体、どうすればあんな顔が撮れるのか? そのうちまた、大工原さんの家にあがりこんで昼日中からビールでも飲みながら、演出の秘密について尋ねないといけない。