松蔭浩之(加嶋)

「顔に傷もつ男」主演の不思議な映画。
チャンバラ劇なんだけど現代劇、劇中劇。


十数年ぶりの電話。私にとっては久々の俳優業のオファーだった。西山監督のデビュー作である「おろし金に白い指」で、主人公の夫役を演じさせていただいたのが1991年だったと記憶しているから、随分と長いブランクである。
本業の現代美術家としてのキャリアは積んできた。バンドでライブ活動も続けている。が、俳優業はあれっきりに近い。
であるからして、私はとにもかくにもうれしいのだが、躊躇せざるをえない。しかも、私の外見はもうあの頃とはあちこち変わってしまっているのである。
身体のラインは中年にしてはスリムなままだろうが、髪はすっかり薄くなり、頬も落ち、積み重なる飲酒の果てに肌の色がすっかり落ちてしまっている。そんな私が主演の大役をつとめることができるのか?


「今のオレを確認せずに決めちゃっていいんですか?」
「イイんです。決定」


再会となった映画美学校での本読みはやはり緊張した。
私なりに雷蔵か三船か、なんて勝手に解釈して、主人公「加嶋」の台詞を朗々と読み上げたら、苦笑されるというより、微妙な寒い空気に包まれたのには、身も心も赤くなった。
「マッちゃん、もっと感情入れずにそっけなくやってみよう」
「もっと、もっとそっけなく」
「そこも、そうだなあ、そっけなく!」
結局台本の私の台詞の上にはすべて「そっけなく」と書き込まれた。


そうやって「加嶋」が生まれた。


はからずも、加嶋は誰より、現実の私が考える以上の私に映っているから驚いた。私はこの男が嫌いだ。だが、この男であることからなかなか飛び出せない。


なんとも愛おしい作品である。


松蔭浩之:1965年福岡県生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業。現代美術家。90年アートユニット「コンプレッソ・プラスティコ」でヴェネツィアビエンナーレ・アペルト部門に世界最年少で出展。以後個展を中心に国内外で活動。写真、パフォーマンスグラフィックデザイン、空間デザイン、ライターなど幅広く手掛け、アート集団「昭和40年会」、宇治野宗輝とのロック・デュオ「ゴージャラス」でのライブ活動でも知られる。