沖島勲ノート(3)−2−1(井川耕一郎)

 『アメリカの夜』、『パッション』、『ことの次第』、『(秘)湯の街 夜のひとで』、『ロケーション』、『女優霊』……。映画の撮影現場を描いた映画は今までに何本もつくられてきた。1999年に公開された沖島勲の『YYK論争 永遠の“誤解”』もそうした映画の一本なのだろうが、しかし、他とは異なる感触がこの映画にはある。
 撮影の続行が難しくなるような危機が訪れてしまうこと――これが撮影現場を描いた映画の多くに当てはまる特徴だろう。だが、『YYK論争 永遠の“誤解”』には、そうした危機があっただろうか。撮影中にまったくトラブルがなかったわけではない。制作主任の古川が万引きをしたり、自衛隊が地中から唐突に出現したり、外波山文明演じる監督が映画評論家を殴ったり、といった事件がたしかに起きてはいる。しかし、これらの事件が現場に与えたダメージは限りなくゼロに近く、撮影は予定どおり三日で終了してしまっているのだ。
 撮影現場を描いた映画に出てくる登場人物たちは、映画の完成を目指して行動する。こうした登場人物たちでドラマをつくるとなれば、撮影の続行が難しくなるような危機が必要となってくるのは当然のことだろう。だが、沖島勲はその当然を『YYK論争 永遠の“誤解”』ではあえて無視しているように思える。だから、撮影があっさり三日で終わってしまうのではないか。
 外波山文明演じる監督にとって、映画の完成は本当に第一の目的なのだろうか。ひょっとしたら、彼はもっと別の目的にとり憑かれているのではないか。そして、映画の撮影はその目的を達成するための手段にすぎないのかもしれない。では、一体、外波山文明は何を目指しているのだろうか。


 『YYK論争 永遠の“誤解”』は、謎が多く、そう簡単には分かったと言うことができない作品である。たとえば、劇中で撮影される映画の出だしで、義経の亡霊(蒲田哲)は同じく亡霊である常磐御前(あさいゆきの)に向かって次のように尋ねる。

義経「ところで、母上……母上は、あれから、どうなされました……私共は、父・義朝が討たれたことを聞き、平家の追っ手を逃れて、雪の山中をさ迷い歩きました。私には、それ以後の記憶がないのです」

 映画の後半で、頼朝の亡霊(黒澤正義)は義経のこの台詞には嘘があると言っている(「雪の中を、平家の追手を逃れて、落ちのびて行った……そのまま、鞍馬の寺に預けられたように言ったが、そうではなかろぅー」)。たしかに、頼朝が言うように、義経は寺に預けられる七才まで、母のそばにいた事実を隠している。だが、それよりも先にこの台詞でひっかかるのは、「私には、それ以後の記憶がないのです」という部分だ。
 義経は母や兄たちと「雪の山中をさ迷い」歩いたと回想しているが、そのときの彼はまだ赤ん坊であった。「それ以後の記憶がない」ことが嘘なのは明らかだが、それ以前の記憶があるというのもやはり嘘のはずである。
 一体、なぜ義経は見えすいた嘘をついたのだろうか。いや、と言うより、なぜ沖島勲義経の台詞をこういうふうに書くしかなかったのだろうか。
 この謎をとくためのヒントは、昨年の『一万年、後‥‥。』の東京上映のときにもたらされた。宇川直宏とのトークショー沖島勲はおよそこんなことを語っている――『YYK論争 永遠の“誤解”』の発想の出発点には二つの経験があった。一つは、子どもの頃に牛若丸の絵本を読んだこと。そして、もう一つは、三十を過ぎた頃、常磐御前が平清盛の女となっていたという事実を知り、ショックを受けたこと。
 要するに、義経が雪の山中のことをはっきり覚えているかのようにふるまってしまったのは、外波山文明演じる監督が、沖島勲のように、子どもの頃に読んだ牛若丸の絵本のことを忘れずにいたからだろう(沖島が読んだ絵本がどんなものかは知らないが、子ども向けの義経の伝記は、たいてい、雪の山中から始まっている)。
 だとしたら、母が平清盛に犯されたことを知ったあとの展開には、沖島勲のもう一つの経験が反映していると言っていいだろう。「……母上!……その男は、父・義朝を殺した……源氏一族の、憎んでも憎み切れない、敵ですぞ!!」という義経の言葉に、常磐は「だって……こうなった以上、仕方がないじゃない……」とあっけらかんと答えてしまうが、これは沖島が事実を知ったときに感じたショックをわざと誇張して滑稽に表現したものだ。そして、次のような芝居もショックのユーモラスな表現だと言える(注1)。

 義経、刀を取り……二人の方へ向かって駈けて行こうとするが……(途中、二人の場所が一段高くなっていたらしく)けつまずいて、二人の彼方後方までぶっ飛んで行き、セットの壁にぶち当たる。

 だが、そうなると、新たな謎が出てくる。沖島は宇川とのトークショーで、常磐御前が平清盛の女になったことを知ったとき、これは映画になる、と思ったと語っている。ならば、沖島が表現したかったことは、義経が蹴つまづくところまでで充分表現できたということになる。しかし、実際には、義経のつまづきまでは『YYK論争 永遠の“誤解”』の導入部にしかすぎない(映画が始まってまだ十分しかたっていない)。では、一体、その後の展開、残りの九十三分は何なのだろうか。


 撮影二日目の午前中に、外波山文明たちは平清盛(松川信)と常磐御前のベッドシーンを撮り、次に義経の「……私が、鞍馬の山中で思い続けた事は、幼い日に別れた母上様に会いたい、その事だけだったのでございます……それが……事もあろうに……」という嘆きを撮る。
 この義経の言葉に対して、常磐御前はこう答える。「それを言って下さるな……それを言われると、心が苦しゅうなります……私を殺してから、三人の子供を手掛けて下されと、お願い申した心に、偽り等はありませんでした」。これは義経の母である常磐御前の亡霊が語る台詞として素直に聞けるものとなっている。
 だが、その直後に、彼女は急に別人格になったかのように、「グッとくだけた感じで」、平清盛との情事に関してこう言うのである。「それが、あなた……いい年して、凄いテクニシャンで……」「精力絶倫!」「六波羅附近のお屋敷にかくまわれて、それからは、もう、夜毎夜毎……ハッキリ言って、私も、はまりました」。
 そして、常磐の言葉を受けて、清盛もまた悪のりして義経たちに向かってこう言う。「イヤ、俺も、敵の大将の女という事で燃えちゃった訳よ……義朝を討ちとらせて、その首をさらして、その直後だっただけに……その女房が、俺に抱かれているかと思うと、どうしても興奮するじゃない……勝利者になったような気が、するじゃなイ!」。
 ここまでは一日目に撮影した分の変奏と言ってよいものだろう。となると、当然、この後に、激怒した義経がずっこけるという芝居が来ることになる――だが、このときはそうならなかった。万引きをした制作主任の古川を連れて、駄菓子屋の親爺(室田日出男)がやって来たために、撮影が中断してしまうのである。
 結局、撮影に戻ることなく、現場は昼休みに入る。だが、ここからの展開が『YYK論争 永遠の“誤解”』の興味深いところと言うか、簡単には分かったと言えないところなのだ。
 外波山文明演じる監督は弁当を食べるのをやめて、今の自分に与えられた悲惨な製作条件を嘆きだす(注2)。すると、その嘆きはなぜだかカフカの『審判』の一挿話である『掟の門』の話になり、しまいには平清盛役の山村主演で撮りたいと思っていた『山村武の、はめ殺し一代』の話となってしまうのである。そして、さらに、ペルー大使館人質事件のために特殊訓練中の三人の自衛隊員が地中から出現するという珍事件が起きるのだ。
 一体、この奇妙な展開をどう理解すればいいのだろうか。とりあえず、『掟の門』と『山村武の、はめ殺し一代』の二つに限って見ると、そこに共通するものがある。
 『掟の門』の旅人は目の前の門を通りぬけることができない(その門が自分のためだけにあるというのに)。そして、『山村武の、はめ殺し一代』の主人公について、監督の外波山文明はこう説明する。「女に憧れるタイプで、憧れた女とはやれない訳よ、そんな、汚い、セックスなんて事は……」「だけど……自分に惚れて来る女ってのは、これも、出来ない訳……憧れてないから」「だから、はめ殺し一代じゃないんだけどね……それで、ドンドン、ドンドン、精液が溜まって行く訳よ。これが、大変なんだ」。
 どちらの話も、目的をすぐに達成できそうに見えて、それがいつまでもできないでいるもどかしさを描いている。だとしたら、こうは考えられないだろうか。
 撮影一日目に、義経常磐御前が平清盛の女となったことを知り、彼女を母ではないと否認しようとする(実際、常磐御前は清盛に抱かれた瞬間、急に言葉づかいが変わり、別人になってしまう)。そこで、彼は母ではなくなった常磐御前と清盛を斬ろうと駆けだすのだが、段差につまづき、ずっこけてしまう。
 これと似たようなことは二日目の午前中にも起きるはずだった。ところが、常磐と清盛が義経を怒らせるような言葉を口にしたところで、撮影はふいに中断してしまう。その結果、目の前の母を否認し、本当の母に出会いたいという義経の欲望はずっこけることなく、劇中映画の枠を飛び超えて駆け続け、監督の外波山文明にとり憑いた。要するに、義経の欲望は外波山文明の無意識を経由して、『掟の門』の旅人や『山村武の、はめ殺し一代』の山村へと乗り移ったと言えるのではないだろうか。


 いや、そう解釈すれば、自衛隊員の地中からの出現も少しは理解できるのだ。

  穴の中から、又、ガサゴソと、音がする。
  皆、穴の中を覗く。
  隊員1が、穴を這い上がって来るが、顔を上げた隊員1の目に、常磐の顔が入ってくる。
隊員1「ワッ!!」
  気を失って倒れる。
  続いて隊員2が、這い上がって来る。
  清盛の顔が、目の前にある。
隊員2「ワッ!!」
  気を失って、倒れる。
    ×     ×
  “ハァ、ハァ……”と、荒い息使いで這いつくばっている、隊員1、2。
  スタッフが、水を与える。
隊員2「(水を飲んで)タイム・トンネルを、潜って来たかと思ったよ」

 この場面で重要なのは、隊員2の「タイム・トンネルを、潜って来たかと思ったよ」という台詞だ。おそらく、『山村武の、はめ殺し一代』の主人公に乗り移った義経の欲望は、「ドンドン、ドンドン、精液が溜まって行く」ように強くなって、ついに自衛隊員を撮影現場に引き寄せたにちがいない(注3)。
 だが、自衛隊員たちが地中から出てくるなり見た常磐御前は本物の常磐御前ではなかったし、シナリオと違って映画では、自衛隊員たちは常磐御前と一緒に平清盛までも見てしまったところで、驚いて気を失ってしまう。要するに、義経の欲望はここでまたしてもずっこけてしまったわけである。
 では、本当の母に会いたいという義経の欲望はどうなってしまったのだろう。自衛隊員たちは穴を埋めると、おとなしく撮影現場から去って行った。ということは、義経の欲望も劇中映画の義経のもとに戻っていったのだろうか。
 二日目の午後の撮影は、義経の嘆きを撮るところから始まる。「アア、俺は馬鹿だった……母上と、もう一度再会できる事……そうして、父・義朝の仇を討ち、源氏を再興させ、父の霊を弔う事……その事だけを想って生きて来た……」。
 だが、義経の嘆きの言葉はそれ以上続かず、「それを言うなら、わしとて同じよ……」と頼朝の話にすり替わっていく。するとそこからさらに話の主導権は清盛に移り、義経は清盛から「お前、さっきから、母親がどうのと、ウジウジした事、言いやがって……甘ったれるな!」と罵られる。
 それから脱線はなおも続き、義経常磐に「でも……九郎も、結構、女の人にもてたんでしょう」と尋ねられ、頼朝からは「こいつは凄かった……ハッキリ言って、色情狂」とまで言われてしまうのである。
 こうなると、義経の欲望を劇中映画の枠内で満足させることはいよいよ難しくなってくる。そこで義経の欲望は怒りに変化して、監督の外波山文明にまたしてもとり憑くことになる。
 まず、義経の怒りは予告編のアイデアという形であらわれ、どうやら映画の準備段階で監督の外波山とプロデューサーを裏切ったらしい滝沢という男をいたぶりだす。

  滝沢、泣き叫びながら、通路に崩おれんとする。
  その際、右足に、プツンと音がする。
  “アッ、靱帯が、切れたッ!!”
  左足に、ポキン!と音がする。
  “アッ、足が折れたッ!!”
  ボロ雑巾のように、通路に崩折れ……コートの中から、(昆虫のように)首だけ出している。

 そして、次に義経の怒りは撮影現場にやって来た宮下という映画評論家に向かい、監督の外波山は彼を殴ってしまう。
 だが、それにしても謎なのは、評論家殴打事件のあと、義経の怒りが外波山文明の体から離れ去ったかのように見えることだ。三日目の朝、外波山は自分の若い頃をふりかえり、バイト先の倉庫で働いていた山守さんや、誘拐するはずだったトリュフォーのことを古川に向かって淡々と語る。一体、これはどういうことなのだろう。この問は、最初の方に書いた「外波山文明演じる監督は何を目指しているのか」という問とも関連してくることである。



注1:以前、試写で見たとき、私は義経があやまって蹴つまづいたために、このカットがNGになるというふうに理解していた。しかし、あらためて見直してみると、外波山文明は義経の芝居に対してNGとは言っていない。ということは、つまり、義経役の役者がセットの壁にぶつかってしまったことは想定外の事態だったかもしれないが、彼が蹴つまづくこと自体はシナリオに書いてあった芝居なのだろう。


注2:外波山文明演じる監督は、予算三百万、撮影日数三日という製作条件を嘆いているが、沖島勲はピンク映画の現状をリアルに描くことを目指していないだろう。大体、倉庫を借りて、セットを建て、時代劇の衣装までそろえるとなると、これは三百万のピンク映画の規模を軽く超えてしまうものではないだろうか。それにまた、撮影二日目の夜に月見をしながらビールを飲む撮影隊の姿には、余裕すら感じられる。ひょっとしたら、この優雅な休憩時間こそ、沖島勲の資質がもっとも色濃く出ている場面かもしれない。


注3:自衛隊員が暗い地中を長い間さまよっていたこと。また、地上に出てきた彼らが撮影スタッフに水を求め、それをうまそうに飲み干したこと。こうした自衛隊員のあり様は、『一万年、後‥‥。』の主人公とどこか響き合うところがある。『YYK論争 永遠の“誤解”』の中の自衛隊員のエピソードは、『一万年、後‥‥。』の原型であると言っていいのではないか。