西尾孔志『おちょんちゃんの愛と冒険と革命』と松村浩行『TOCHKA』(トーチカ)について(井川耕一郎)

(以下の文章は、『映画芸術』第422号からの再録です)


「2007年日本映画ベストテン&ワーストテン選評」(井川耕一郎)


西尾孔志『おちょんちゃんの愛と冒険と革命』10点
松村浩行『TOCHKA』(トーチカ)10点


 昨年はずっと前から見たかった映画を見ることができた。ロバート・アルトマンの『カムバック、ジミー・ディーン』、石田民三の『花ちりぬ』と『むかしの歌』(衛星劇場で放映された)、そして大和屋竺の『愛欲の罠』。
 大和屋竺は最初から殺し屋映画のひとだったわけではない。大和屋が殺し屋映画を何本もつくった動機の一つに、鈴木清順の未映画化企画『続・殺しの烙印』があるのではないか。抹殺された幻の『殺しの烙印』シリーズを甦らせようとして、大和屋は殺し屋映画を連作した。実際、『毛の生えた拳銃』には『続・殺しの烙印』の後半で主要舞台となる葡萄畑が出てくるし、『愛欲の罠』の空気銃で延髄を撃ちぬくというアイデアも『続・殺しの烙印』の中にあったものだ。だがそれにしても、『愛欲の罠』には他の殺し屋映画と異なる感触がある。 それは一言で言ってしまうと、「ごっこ」感が強いということになるだろうか。荒戸源次郎演じる星は殺し屋というより殺し屋ごっこを楽しむチンピラみたいだし、空気銃で撃ち合うこと自体がすでに遊戯っぽいのに、大和屋はそれをゲームセンター内で展開させることで「ごっこ」感をさらに強調している。小水一男と秋山道男が演じた殺し屋二人組も腹話術師と人形というより奇妙な仮装を楽しんでいるといった感じだ。そして、ラストで荒戸源次郎は舞台から無人の客席に向かって深々とおじぎをする。その姿はまるで「殺し屋映画はこれでもうおしまいです」と言っているかのように見えた。要するに、『愛欲の罠』は大和屋にとって殺し屋映画の在庫処分だったのではないか。あらためて悔しく思うのは、殺し屋映画以後の新たな大和屋竺が見られなかったことだ。
 ベストテンには二本の自主映画を選んでみた。『おちょんちゃんの愛と冒険と革命』は大阪の映画作家・西尾孔志の作品。分身の出現に悩まされている主人公のハナは精神科医の助言に従って、自分の性器におちょんちゃんという名前をつけ、毎日手紙を書いている。防犯ブザーの工場で働くタケオは頭の打ちどころが悪かったのか、自分のことをエイリアンだと思いこんでいる。二人のあり様はどこか滑稽だが、そうなってしまったのはレイプやハイジャック事件を体験して深く傷ついたからだ。いや、傷ついたはずなのに、その痛みがきちんと実感できないところが本当の不幸なのだろう。滑稽さの裏には現実感を喪失した悲しみがひそんでいて、その悲しみは二つの相反する欲望に変化する。一つは自分たちを傷つけた世界など滅んでしまえばいいという欲望、もう一つは誰かと結びついて現実感を取り戻したいという欲望。そして、ラストで世界の破滅に等しい光景が展開する。墜落した飛行機の残骸に串刺しにされてしまったタケオ。昆虫標本のような姿になって苦しむタケオを見つけた瞬間、ハナの股間から血が流れる。レイプ以後、ずっと止まっていた生理がまた始まったのだ。ハナはタケオの上にまたがり、セックスをする――世界が滅びようとするまさにそのとき、少女は必死になって現実感を取り戻そうとしているのだ。その痛々しい姿が見る者に鮮烈な印象を残す。ハナを演じた上田洋子が素晴らしい。
 『TOCHKA』は六年前に『YESMAN NOMAN MOREYESMAN』という見る者の思考を刺激する作品を撮った松村浩行の新作。どこまでも続く荒地と、そこに点在するトーチカ。登場人物は男(菅田俊)と女(藤田陽子)の二人だけ。余計なものを削ぎ落とした恐ろしくシンプルな映画である。女はトーチカの中に入っては、銃眼から見える光景と手にしたスライドに写っている光景を見比べる作業をくりかえしている。そして、やっと似た光景を見つけると、カメラをかまえる。すると、ファインダーの中で人影が動く。人影は男だった。少年時代に近くの村に住んでいた男は女に昔話を語る。さっきまであなたがいたトーチカの中に病弱だった父もたびたび身をひそめていた。なぜそんなことをしていたのかは今もよく分からないが、ある日、父はそのトーチカの中で焼身自殺をはかったのです……。最初、四角い穴の銃眼はスクリーンのように見え、次にファインダーのように見えてくる。まるで映画を見ることから映画を撮ることへと移行するかのようにドラマは進む。そして、カメラのファインダー内に出現した男が、父の自殺を語るにいたって、映画と死が重ね合わされる。男の父はトーチカの銃眼からまるで死者のように世界を見てしまったために死を選んだのではないか。だとしたら、映画とは死者の視線で世界を見るということではないのか。『TOCHKA』は、映画表現が本質的にはらんでいる危険を映画表現でもって徹底的に考察した作品である。


・西尾孔志『おちょんちゃんの愛と冒険と革命』は、「CO2 in TOKYO」の1本として、5月19日(月)21:00から池袋シネマ・ロサで上映されます。
詳しい情報はCO2公式サイトを御覧下さい。
 CO2公式サイト http://www.co2ex.org/


・松村浩行『TOCHKA』の監督コメント、作品データなどは、こちら