『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』を見て思ったこと・第1回(井川耕一郎)



『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』については前に書いたことがある(注)。しかし、あのときはまだ完成作品を見ていなかった。そこで、今回は映画を見たあとに思ったことを記そうと思う。といっても、とりとめのない雑感になってしまいそうだけれども。

 注:http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20100311


『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』のシナリオは、クランクインの日がすぐそこまで迫っている中、大急ぎで書かなければいけなかった。準備期間はあまりない。そこで、エピソードとエピソードをつなぐような芝居は端折って、ぶつ切りのエピソードが並んでいるだけの構成にしようと考えた。
ヒントは、西山洋市さんの短編『プラヴァツキー大佐』だった。あの短編のように細かく章分けして、1、2、3……というふうに字幕を出そうと思ったのだった。十代の頃に読んでいたブローティガンの小説なども頭の片隅にあったかもしれない。
完成した作品もシナリオと同じように細かく章分けされていた。しかし、各章の字幕は算用数字ではなかった。あれについては何と言ったらいいのだろう。とにかく、ぞっとした。板や壁のような硬い物の表面をナイフでえぐったような傷痕が、一つ、また一つ……と音もなくひっそり増えていくのである。
映画を見ながら、こういう傷痕の増殖がやがて文字になっていくのかもしれないな、などととりとめないことを思い、白川静の本のことを思い出していた(蠱のことを初めて知ったのは、白川静の『漢字』(岩波新書)を読んだときではなかったか)。


そういえば、傷痕で思い出したけれども、シナハンで街をひとりで歩いていたら、「与三郎通り」という通りがあった。ああ、そうか、木更津と言えば、切られ与三郎だったな、と思い出した。
切られ与三郎でまっさきに思い出すのは、歌舞伎ではなくて、伊藤大輔が監督した映画の方だ(『切られ与三郎』1960年・大映)。もとの舞台とはちがって、映画には富士真奈美(この頃は少女という感じであった)演じる与三郎の妹・お金が登場する。彼女は血のつながっていない兄を愛してしまい、自害する。市川雷蔵演じる与三郎がお金の亡骸を抱いて夜明けの海に入っていくラストシーンは、忘れられない名シーンだった。これはもう兄妹心中といっていいだろう。
ひょっとしたら、与三郎通りを歩いたことが、姉と弟のドラマを書くことにつながっていったのかもしれない。


時間のなさから苦しまぎれに思いついたぶつ切りエピソードのられつという構成だったが、映画を見ていて、ここはうまくいったかな、と思えたところがあった。映画館で森田亜紀さん演じる女性がトイレで死んでいたひとのことを語る場面がそれだ。
この場面を書いたのは自分だと言いたいところだが、残念ながらそうではない。大工原正樹さんが現場でつけたしたものだ。どういういきさつでそんなことを語りだしたのかが分からなくてかなり唐突なぶん、この場面は不吉な印象を残すのではないか。ぶつ切りのられつが思いもかけない効果をあげたところだと思う。