『直したはず、なんだけどなあ』4(『底無』(小嶋健作)について)

<『底無』あらすじ>
塾講師の田辺は、平山という生徒がイジメを受けているのではないかと疑う。平山が隠し持っていたナイフを偶然手に入れた田辺は、事の真相を確かめるため平山の家に行く。だが平山は平然と田辺にナイフを譲ると言う。


―――小嶋くんは大工原さんのクラスの生徒ではなかったですし、シナリオ検討会も万田さんが担当されていたので接点とはあまりなかったわけですが、作品はいかがでしたか?
大工原:シナリオはとても繊細に書けていた。ただ、この映画のテーマの一つに、若年者に対する潜在的な恐怖というものがあると思うんだけど、それは描き切れていないな。具体的にいうと、家庭訪問してナイフを平山という少年に示すシーンと、公園で高校生に囲まれるシーンだね。ともに恐怖を感じない。平山でいうなら、教室で見せる笑顔は不気味だったけどね。
―――そのシーンは両方とも重要ですね。前者はビデオ課題やテスト撮影でも撮っていたシーンですし、後者は擬似夜景が上手くいかずに撮り直したところですから、小嶋くんもここが狙いだとは理解していたと思います。
大工原:ナイフのシーンの撮影や照明は良かったよ。常に外からの光が揺れている画面。でも、怖くない。あと、公園のシーンは暗すぎるね。
―――撮り直しの前はもっと暗かったですよ。
大工原:うーん、でもまだ暗い。あれじゃ、高校生たちが潰れちゃって黒い影になっている。黒い影が不気味で怖いのは当たり前だけど、その恐怖や不気味さはホンの狙いから外れているんじゃないかな。そうじゃなくて、高校生たちの顔が怖い、とするべきじゃなかったのか。どこにでもいる兄ちゃんたちが、ニヤニヤこっち見て笑っているのが怖い、じゃないのかな?
―――なるほど。
大工原:あと、主人公が思い詰めていく過程、一種神経症的になっていく過程が物足りなかったな。ナイフだけじゃない、何かもう一つがあればよかったのかも・・・まあ、その2つのシーンがきちんと演出されていれば、違っていたかもしれないけどもね。
―――そうすれば、主人公が潜在的に抱いている、これから生まれてくる自分の子供への恐怖も浮かび上がったかもしれませんね。僕は、ラスト近くに奥さんが主人公に告げる「他人事じゃないないんだから」みたいな台詞が気になりましたね。あまり切実に聞こえないのは何故なんだろう、と。
大工原:奥さんは初稿と比べて比重が軽くなっていたな。
―――若年者への恐怖を自分の子供への恐怖へと媒介する役柄としては結構重要だと思うんですよ。初稿と決定稿を読み比べると、奥さんの出て来るシーンの位置がかなり変更されていて、工夫されているなとは感じます。わりとシナリオ上に満遍なく配置されていて、一種の句読点みたいな働きで。ただ、そのために稀薄になってしまったのかもしれませんが。