『演出実習2007』製作ノート(1)(井川耕一郎)


1.演出を学ぶ授業が必要

 自分が書いたシナリオを撮ってきているのに、設定やあらすじを説明しているだけの味気ないものになってしまう。面白いシナリオを書いたとしても、自分が書いたドラマの面白さをまるで理解していないかのようなトンチンカンな映画を撮ってくる。
 一体、どうしてこんなことが起きてしまうのだろう?――というのが五、六年前から映画美学校で問題になっていたことだった。
 要するに、演出を学ぶ授業が必要なのではないか、ということになってきたのである。
 もっとも、ここで言う「演出」については、ちょっとだけ説明をしておいた方がいいかもしれない。
 映画の演出は、大まかに言って二つの作業に分けられる。一つは「芝居をどうするか」、もう一つは「撮り方をどうするか」。
 二つの作業はどちらも同じくらい重要で、密接に関連しあっている。
 けれども、多くのひとは「映画の演出」と言うと、「撮り方をどうするか」をまっさきにイメージしてしまうのではないだろうか。
 そして、ひとによっては、「芝居をどうするか」の重要性を忘れてしまうことがある。
 実際、初等科で何度か行われる実習では、監督をする生徒がカメラのことばかり気にして、芝居についてほとんど考えようとしていないことがよくあるのだ。
 事前に考えてきた段取りどおりに動く役者を見て、おかしい、何かがちがう……と思ったとしても、ちらっと感じた違和感に目をつむってしまう。そうして、さっさと「撮り方をどうするか」に取り組まなくてはいけない、と思ってしまうようなのである。
 だから、「演出を学ぶ授業が必要なのではないか」は、こう言い替えた方がより正確かもしれない。
 まずは「芝居をどうするか」を学ぶ授業が必要なのではないか、というふうに(注1)。


注1:「撮り方をどうするか」について考えるときの参考資料としては、以下のものがある。
プロジェクトINAZUMAブログ
2008年11月16日「渡辺護の映画論『主観カット/客観カット』(1)(2)」
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20081116
2008年11月16日「渡辺護の映画論『主観カット/客観カット』(3)(4)」
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20081120


2.「演出実習」という授業

 映画美学校で演出を学ぶ授業に最初に取り組んだのは、西山洋市だった(注2)。
 8期から始まった演出実習の授業は、西山が研究科の担当ゼミで行ってきたことを初等科向けにアレンジしたもので(注3)、授業の大まかな流れは以下のとおりである。


(1)生徒は五人一組の班に分かれ、課題シナリオをよく読みこんだうえで、キャスティング、芝居などを考えてくる(シナリオを正確に読んで演出を考えることが実習の目的なので、セリフの改変などをしてはならない)。
(2)講師の立ち会いのもと、各班は教室で演出・撮影を行う(この段階では、講師は生徒たちの現場でのふるまいを観察することに集中し、指導は行わない)。
(3)各班は(2)で撮ったものを編集して上映。講師は撮影現場での演出の姿勢なども含めて講評をする。
(4)講師が同じシナリオを生徒の前で演出してみる。
(5)講師の講評をふまえて、各班はもう一度、演出・撮影を行う。
(6)講師が2回目の講評を行う。


 初等科の演出実習については、二点だけ補足説明をしておきたい。
 一つ目は、課題シナリオについて。
 8期の演出実習で使ったシナリオは、6期生の矢部真弓さんが初等科のときに撮った5分ビデオ課題をもとにしていて、内容は次のようなものであった(このシナリオは、10期、11期の演出実習でも使われることになる)。

良江「どうした?」
ちひろ「あのさ、男子をキスしたことある?」
良江「何なの、男子って。中学生じゃないんだから。自分はどうなの?」
ちひろ「女の子としかない」
良江「あ、男、紹介しろってこと?」
ちひろ「ちがう」
良江「じゃあ、何なのよ」
ちひろ「高校のとき、つきあってた子に彼氏ができた。その子が、彼氏できた?って言うから、わたしもできたってウソついた。やっぱ、男子が近くにいると、ダメなのかな」
良江「ねえ、あんた、一生、宝塚やってるつもり? その気さえあれば、彼氏なんてすぐできるよ」
ちひろ「ちがう。そんなのがほしいんじゃないよ」
良江「もう十九でしょ。どうすんの、この先」
ちひろ「だって、好きで女に生まれたわけじゃないよ。でも、男になりたいわけじゃない。分かんないよ」
良江「そっちに分かんないって言われたら、こっちだってどうしようもないよ。何もしてやれないよ」
ちひろ「ねえ、どうしてそんなにわたしのこと心配してくれるの?」
良江「当たり前じゃん」
ちひろ「じゃあ、わたしとつきあってくれる?」
良江「……」
ちひろ「お願い」
(関係の変化にともなって、二人の距離は変化し、最終的にちひろが良江の体に接触するようにすること(注4))


 二つ目は、(4)の「講師が同じシナリオを生徒の前で演出してみる」という段階について。
 学校側が考えた授業計画には、当初この段階はなかった。これは「実際に講師が演出するところを見てみたい」という8期生の声にこたえる形で始まったものである。
 ちなみに、事務局は修了生の助けを借りて、10期から(3)の「講評」と(4)の「講師の演出」の二つの段階をビデオで記録するようになった。
 この記録映像が、『演出実習2007』と『演出実習2008』の素材となるのである。


注2:西山洋市は研究科のゼミで行ってきたことを次のように説明している。


研究科のゼミは、いまは「演出実験ゼミ」と言ってますが最初は「映画の練習ゼミ」と名乗っていました。当初、研究科で演出実習をやろうと思ったのは、生徒たちには「演出の練習」が圧倒的に足りないのではないかと思ったからです。外国語を習得するのと同じように、映画を撮るためには「映画語」の練習を何度も何度もやって習得してゆかなければならないという、ごく当たり前のことをやろうと思ったのです。演出の基本作業は、文字で書かれたシナリオを映画の言葉に翻訳することだと考え、その練習をしようということです。
しかし、「映画語の練習」という言い方だけではまだダメで、それを具体的に「芝居の演出」ということに絞って、次に「アクション演出ゼミ」というふうに練習の方向を変えたのですが。
そういう考えはいまも引き続き考えていて、例えば「シナリオが読めない」ことの中には「シナリオを映画語で読む」ことができない、つまり「シナリオを映画語で読む練習」が足りない、という面も大きいのではないかと思っています。


注3:12期初等科の演出実習では、講師が監督する短編映画に初等科生がスタッフとして参加するということが行われた。
このときに製作された短編映画は、今年の映画美学校映画祭で見ることができる(8月30日(日)20:10〜・映画美学校第一試写室)。
映画美学校映画祭2009に関する詳しい情報はこちら。
http://www.eigabigakkou.com/festival/index.html


注4:初等科生が撮るビデオには、人物の配置を決め、カメラでどう撮るかを決めると、最初に決めた構図が崩れるのを恐れるかのように芝居をつける傾向があった。( )内に記したことはその傾向に対する注意である。