『演出実習2007』製作ノート(2)(井川耕一郎)


3.10期初等科演出実習の記録ビデオを見る

 2007年1月に行われた10期初等科の演出実習を記録したビデオは、映画美学校生なら自由に見ることができるようになっていた。けれども、全部見た生徒はあまりいないのではないではないだろうか。
 なにしろ、どのクラスの授業も三、四時間あるのだ。一クラスぶん見ただけでぐったりとなってしまうだろう。
 けれども、私(井川)は見てみたいと思った。
 10期初等科の講師は西山洋市万田邦敏塩田明彦、井川の四人だったが、他の三人の講師が課題シナリオをどんなふうに演出しているのか知りたかったのだ。


 事務局から借りたビデオは思った以上に面白かった。
 西山さんがホン読みを重視しているというのは話には聞いていたけれども、実際に見たのはこれが初めてだった。
 西山さんはちひろ役、良江役の二人の生徒に、「間をつめて」「抑揚をつけないで」という指示をくりかえし出していた。
 それが、演技やシナリオに対する先入観を解体する作業だということはすぐに分かった。けれども、重要なのは、解体のあと、どうやって芝居をつくっていくかだ。
 一体、このホン読みは最終的にどこに向かうのだろう?――西山さんのホン読みには、先が読めないところがあって、そこが刺激的だった。


 万田さんの演出姿勢は明快明晰だ。演じる二人の生徒に、どんなふうに演じてもらいたいのかを自ら動きながら正確に具体的に伝えていく。
 けれども、ビデオを見ているうち、気になってきたのは、良江役の生徒のことだ。万田さんの指示を聞きながら、何度も心配そうに手にしたシナリオに目を向けているのである。
 たぶん、彼女は、万田さんの言うことをきちんと覚えて、間違いのないように演じなくては、と緊張しているのだろう。人前で演じるのが苦手なタイプにちがいない。
 そして、嫌な予感は的中する。良江役の生徒はある動作をしているときに、頭の中で次の動作は何なのかを確認しているらしく、演技がどんどんぎこちなくなっていくのだ。


 しかし、万田さんの授業の記録が面白くなるのは、ここからなのだ。
 良江役の生徒をじっと見つめたまま、こおりついたように動かない――こんな万田さんを見たのは初めてだった。どうしたらいいかを急いで考えようとするときの必死さが、生々しく伝わってくるのである。
 万田さんの演出は、この授業ではうまくいっていない。失敗と言ってしまってもかまわないだろう。
 けれども、だからこそ逆に、万田さんの授業における演出には価値があるとも言える。
 このビデオを分析すれば、演出するとき、万田さんがいつもどのようなことに気をつけているのかがよりはっきりつかめるのではないか、と私は思ったのだった。


 失敗ということなら、塩田さんの演出も失敗だろう。
 塩田さんは、ちひろと良江の芝居が行われる場所を大学の学生ラウンジに設定する。
 映画美学校の地下ロビーのイスの配置を変えると、塩田さんは演じる二人の生徒に、こういうふうに動いてほしい、と具体的な指示を出しながら芝居を組み立てていった。
 ところが、途中で、この芝居はちがうな、とつぶやき、そもそもイスの配置が間違っていた、と言いだしてイスを並べかえだすのである。
 そうして、ふたたび芝居を一から組み立てていくのだが、またしても途中で、この芝居はちがうな、と言いだし、イスの配置からやり直す――こんなことを何度かくりかえしたすえに、塩田さんは言うのである。
 自分は課題シナリオをきちんと理解していないのかもしれない、もう一度読み直してみよう、と。


 ぶざまと言えば、実にぶざまな姿である。
 けれども、人前でここまで堂々と試行錯誤をくりかえし、演出のことで悩んでみせるのは、そう簡単にできることではないだろう(初等科生の中には、迷いがないふりをしてトンチンカンな演出をしてしまう者が多い)。
 目の前で堂々と悩む塩田さんを見ているうち、生徒たちはついつい塩田さんのペースに巻き込まれて、演出について一緒になって考えようとしだしている。
 となると、現場を活性化させる監督のあり方としては、これもまた有効なのだと言うことができるだろう。


 10期初等科の演出実習の記録ビデオを見たあとにふと思ったのは、これをもとに演出について考える教材ビデオはつくれないだろうか、ということだった。
 西山さんはホン読みに力を入れている。塩田さんが行ったリハーサルは、撮影前のリハーサルと言えるだろう。そうして、万田さんは撮影現場でのリハーサルを行ったあとに、実際にカメラをまわして撮影を行っている。
 三人の授業をうまく組み合わせれば、演出の各段階でどのようなことが問題になるのかが分かる教材ビデオがつくれるはずだ。
 教材ビデオとは言っているけれど、実際には生徒のためというより、自分のために私はビデオをつくろうと思っていた。
 そうして、2007年の冬、私は担当する研究科のゼミで一年かけて教材ビデオをつくることにした。