『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』を見て思ったこと・第2回(井川耕一郎)



岡部尚演じる弟がかかえている骨壷から、長宗我部陽子演じる姉が遺灰をつかむと、それをトンネルめがけてまく……。
完成した『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』を初めて見たときに一番ひっかかったのは、シナリオにはないこの冒頭だった。シナリオを書いた立場からすれば、この追加された場面は、一体どこに位置づければいいのか、すぐにはつかめなかった。おそらく、ドラマが終わって数日後のこととするしかないだろう(そもそも、姉と弟は母の骨壷を持って木更津を訪れていないのである)。
しかし、気になるのは、どうして主人公の姉弟が母の遺灰をトンネルの前でまくことにしたのかということだ。シナリオの終わったところから、あまりに飛躍しすぎている。こんな意味不明な場面などいらないだろう、というのが、試写室で見終えたあとの感想だった。


その後、清水かえでさんの『純情NO.1』論を読んだり(注)、渡辺あいさんの『電撃』を見たりして、今は考えが少しだけ変わってきている。あいかわらず冒頭の散骨シーンには違和感があるが、これを初見のひとの目で見たらどうなるのだろう、と考えるようになっていったのだ。
最初に映るカットは、骨壷から遺灰を取り出す姉の手のアップだ。ここで初見のひとは、次に起きるのは散骨だろうと予想するだろう。たしかに、次のカットは、遺灰をまく姉と、その横にいる弟をとらえたものである。しかし、長宗我部さん演じる姉の遺灰のまき方には、死者を追悼するというニュアンスとはちがうものがある。言ってみれば、まるで清めの塩をまくような……。
三カット目は引いた画で、姉弟がトンネルの前に立っていることが分かる。トンネルの奥の黒々とした闇がまがまがしく感じられる。初見のひとは、姉弟が魔物を闇に封じこめる儀式でもやったのだろうか、と推測するのではないか。
たった三カットだけなのに、姉弟のやっていることの意味が変化している。そのうつろいを愉しむ見方もあるだろう。

 注:http://d.hatena.ne.jp/projectdengeki/20110824


だが、映画をすべて見たあと、初見のひとは冒頭の三カットをふりかえってどう思うのだろうか? やはり、気になるのはそこだ。
映画の中盤で、姉は「あいつ」から受けた性的虐待を告げたときの母の反応を思い出し、「わたし、母さんのこと、ずっと憎んでいたかもしれない」と言い、「母さんも、わたしのこと、憎んでいたんじゃないかな」と言う。弟はそんなはずがないと姉の考えを否定し、姉も弟の言葉に同意する。
母に対して抱いていたかもしれない姉の憎しみは、シナリオではそれっきり問題にされない。しかし、完成した映画のあり方は、シナリオとはちょっとちがうと思う。映画を見終えたあと、初見のひとの中には、あの冒頭の儀式は何だったのだろうと思い返すひとがいるにちがいない。そのとき、心の中でよみがってくるのは、一度は打ち消されたはずの、母に対して抱いていたかもしれない憎しみなのではないか。長宗我部さん演じる姉が遺灰をまくときの手には、ひょっとしたら憎しみがこめられていたのではないか……。


気になるのは、骨壷に入っていたものが骨ではなく、灰だったということだ。骨であれば、強く握りしめることができる。憎しみをこめることはそう難しくはないだろう。
しかし、スクリーンに映っていたのは、砂のような灰だった。握りしめた手のすきまから、さらさらと遺灰がこぼれていくさまは、一カット目から映っていた。
あれでは憎しみをこめることはできない。姉が感じていたのは、ひとを憎むことの空しさだったではないか。
一方、弟はどうだったのだろう? 岡部尚演じる弟は姉がまいた遺灰の行方ではなく、もっと遠くを見つめているような目をしていた。おそらく、彼が見つめていたのは、トンネルの奥の闇だ。がらんどうの闇の中に弟は何を見たのか。姉と同じように、ひとを憎むことの空しさを見ていたのだろうか。


ついでだから、トンネルのことも記しておく。
実を言うと、クライマックスにトンネルを持ってくることには後ろめたさがあった。以前書いたTVシリーズ『ダムド・ファイル』でやったことの二番煎じではないか、と思っていたのだ。港で何とかできないかと思ったのだが、駄目だった。それで仕方なく、トンネルにしたというわけである。
木更津の街については歩いて自分の目で確かめているのだが、トンネルには行く余裕がなかった。木更津からマザー牧場に向かえば、途中にトンネルがいくつかあるはずだくらいに思って書いていたのだった。
完成した映画を見たあと、居酒屋で万田邦敏さんが「『ダムド・ファイル』のトンネルよりいいよねえ」と言っていた。あれは何というトンネルなのだろう? 掘ったばかりみたいにゴツゴツとした壁面に味があるし、それに何より途中で道が曲がっているのが恐い。あれは異界に続いていそうな不気味なトンネルであったと思う。