『のぞき屋稼業 恥辱の盗撮』解説(大工原正樹)

のぞき屋稼業 恥辱の盗撮』は同シリーズの9作目にあたります。1〜7まではグループののぞき屋が活躍するコメディでした。主役の交代が何回かあったものの、パート7までは同じ設定のもと続き物として撮られていたはずです。おそらくビデオの売れ行きが落ちてきてリニューアルいうことになったのでしょう、一匹狼ののぞき屋を主人公にして、今までとは違うシリアスなものにしてほしいという話でした。
8作目『のぞき屋稼業 夢犯遊戯』と9作目『のぞき屋稼業 恥辱の盗撮』は2本撮りです。通常6日間の撮影スケジュールで1作品撮っていたものを、12日間で2作品を同時に撮ってしまうわけです。こうすると人件費や機材費が安く上がるので、Vシネマなどではよく行われていました。まあ、2本同時に撮るのは当然1本だけを撮るより色々な面でキツイわけですが。
呼ばれたときには島田元さんが書いた『夢犯遊戯』の初稿がすでに上がっていました。のぞき屋が一匹狼であるならばいわゆる探偵映画を堂々とやればいいのだ、という島田さんの方針にはノレました。主人公が酒を飲むシーンが多いのはマット・スカダーにあやかってのことだと島田さん。その頃ローレンス・ブロックを読んだことがなかったので慌てて「過去からの弔鐘」から順に読みはじめ、その面白さにすっかり嵌りました。読んでみるとシナリオにそう多くが反映されているわけではなかったのですが、『夢犯遊戯』の話の発端などはブロックの「倒錯の舞踏」とよく似ています。
それはともかく、もう1本を誰に発注しようかとプロデューサーに相談されたので、迷わず井川耕一郎に依頼しました。井川とどういう打ち合わせをしたのか、今となってはほとんど思い出せません。覚えているのはヒロインを盲目にしてほしいと頼んだことくらいです。井川にしては珍しく3週間くらいでホンを上げてくれたのですが、途中シナリオの進捗具合を尋ねると、「死体の写真ばかり見ていて気が変になりそうだ」と言っていたことはよく覚えています。死体の写真なんて打ち合わせの時にはまったく話題にも上らなかったはずなのですが・・・・・・。井川と仕事をする場合、こういうときは黙って無事の生還を祈るほかないのです。そうして上がってきた『恥辱の盗撮』のシナリオは、設定や主人公の履歴を律儀に引き継いでいる点では島田脚本を尊重しながらも、その語り口、主人公の探偵に見えている世界が『夢犯遊戯』とはかなり違うものになっていました。島田脚本の鏡像にもなっていて、たとえば主人公初登場時のモノローグが、島田脚本では「俺の名は青井俊介、探偵兼のぞき屋をやっている」と書かれていたのに対し、井川脚本では「俺の名は青井俊介、探偵を・・・・・・いや、のぞき屋をやっている」となっています。完成品では『夢犯遊戯』の方でも井川脚本のフレーズを言わせていますが、これはホンを直す過程で僕が勝手にやったことです。他にも、島田脚本を井川がどう読んだのかを想像させる箇所がいくつかあり、その意味でも面白いシナリオになっていました。2本を続けて観ると、映画作家でもある二人の資質の違いがよく現れていて、かなり興味深いかもしれません。
探偵・青井は2作目にして既に疲労感を漂わせ、稼業から足を洗うことを考えていました。連続殺人鬼の叔父と姪の近親相姦に介入しようとしても出来ない探偵は、疎外感を噛みしめながら、心ならずも二人の破滅を早める役回りを演じてしまいます。これは、もし探偵のモノローグが無かったとしてもそうとしか読めない構造になっているのですが、たぶん僕は当時、姪と探偵の関わりにより救いを求める読み方をしていたように思います。もちろん、ホンにないことをやっているわけではなく、井川が書いた探偵のモノローグを拠り所にしてそうしたわけですが、観客には果たしてどう見えるのか。


撮影は『夢犯遊戯』と『恥辱の盗撮』を前後半できれいに分けることは出来ず、12日間グチャグチャに入り混じったスケジュールで撮っていました。一日のスケジュールの中でも両作の撮影場面がめまぐるしく入れ替わることがあり、こうなると今自分が撮っているシーンがどちらに属するものなのか分からなくなるのです。同じ現場に両方の役者陣が一緒に待機していることも多く、撮影の合間に役者から何かを質問されてもすぐに反応できないのですね。ええと、この人は『夢犯遊戯』の人だから、今質問されていることはあっちの話について聞かれているわけだよな、さて、どう考えていたのだっけ・・・・・・。元来、すぐに頭を切り替えるのが苦手な性分なので、この状況は非常に疲れました。
撮影の志賀葉一さんとも、撮影前の打ち合わせでは、両作のリズムが明らかに違うので撮り方も変えようという話をしていました。しかし、いざ撮影に入ってみるとやたら忙しい。レンズやカメラワークについてこちらから言うのは止め、志賀さんに全部任せました。『恥辱の盗撮』では、目の前で起こっている出来事をどう撮るか、という芝居本位のやり方に自然に落ち着いたような気がします。
一番勝手が違ったのは、6日間だと短期決戦と覚悟して連日徹夜でもなんとか乗り切れるのですが、それが倍の12日間だとスタッフの後半の疲労がただ事ではなくなることでした。撮休が2日目の後1日しかなく、残り10日を一気に行ったので、最後はスタッフもフラフラでした。撮影にかけた時間の配分は、「モニター地獄」に加え仕掛けが多かった『夢犯遊戯』が7日、ほぼシナリオどおりに撮っていた『恥辱の盗撮』が台本で10ページも多かったにも関わらす5日、と結果としてかなり偏っています。
長いといえば、『恥辱の盗撮』の終盤、ケーキの蝋燭を吹き消すところから始まる長いシーンは印刷台本で20ページ近くありました。途中で場所は移動するものの、ワンシーンでこんなに長丁場の芝居は撮ったことが無かったので、非常に苦しかった思い出があります。撮っても撮っても終わらない、マラソンのようでした。この一連のシーンの演出が観る人の興味を維持できているのかどうか、実は今でも心許ないものがあります。
叔父と姪が住む家は荻窪にあったロケセットです。探偵・青井が悪夢を見るシーンもこの屋敷の全景から始まるのですが、窓という窓が緑色に発光しているのはカメラのレンズフィルターによるものではなく現場のライティングです。照明の赤津淳一さんが「このシーン、ホンでは『赤い部屋』となっているけど、ビデオだと赤は滲んじゃうから緑でいいかな」と言うので、「あ、いいですよ」と気軽に答えたのです。当日そのシーンになると、照明部が1階から3階まで全ての窓に緑色のフィルターをかけたライトを仕込んでいるので驚きました。要するに、家の全景から始まるその悪夢は、階段や廊下を経て、部屋の中で裸で絡み合う叔父と姪の姿に繋がるのです。レンズフィルターだと肌の色まで緑がかってしまうので、赤津さんはカメラの志賀さんと相談して、そのシーンをすべて照明で作ることにしたのです。おそらくどの空間にも窓が多いロケセットの特徴を生かそうとロケハンのときから考えていたのでしょう。これは、余裕のある現場だったらごく普通のことなのですが、時間のない低予算のVシネではあまり照明部から言い出してくれることではありありません。レンズフィルターで誤魔化してしまうことが多いのです。もちろん、手間のかかる作業をするときでも徒に時間をかけないのが彼らのプロたる所以です。そのときも大掛かりなライティングを手際よくあっという間にやってくれました。注意して見ると、なかなか面白い画になっているはずです。


のぞき屋・青井俊介を演じているのは中倉健太郎。『今日から俺は』というVシネマのシリーズで主役の不良高校生コンビの片方を演じていた人です。会って、柄がいいなと思い出てもらったのですが、このとき彼はまだ20代前半でした。ホンの印象からすると、見た目が少し若すぎる気がしたのです。出来ればもっとくすんだ、実年齢より老けた感じにしたかった。撮影までに髪を伸ばしてもらい、衣装は体の線が隠れるような長いコートを用意してもらったのですが、それでもまだ若い。苦肉の策でオジサンが掛けるような眼鏡をしてもらい、なんとか年齢不詳な感じにはなりました。彼は二枚目なので、素顔が判らないような眼鏡は嫌がるかと思いきや、結構その扮装を楽しんでいたようです。
撮影当初は、お互い探り合いの時間がしばらく続いたような気がします。芝居にちょっとしたクセがあり、要はどこで力みを抜くか、が問題だったのですが、抜きっぱなしでもまた面白くない役でした。しかし、後半はかなりいい感じになってきたような記憶があります。過酷なアクション映画がキャリアのスタートだったせいか身体にリズム感があって、動きの少ない芝居をしても目を引くことができる役者です。主役の存在感をきちっと出してくれていたのではないでしょうか。
 城野みさは、たまたま事務所に置いてあった彼女の初主演映画『したくて、したくて、たまらない、女』(監督:沖島勲)のチラシがキャスティングのきっかけでした。公開前だったので、映画を観ることは出来なかったのですが、妖艶な美女が逆さまに写っているチラシを演出部で回し見しながら、「この写真いいな」ということになったのです。会うと本人は写真のような色っぽさが表に出ている人ではなく、どちらかと言えば清楚な感じでした。絶えず柔らかな微笑を浮かべ落ち着いた喋り方をする人でしたが、シナリオについて話し始めると「この役をやりたい」という意欲が伝わって来るのがやはり女優らしくて、その場ですんなり出演が決まったような気がします。
 彼女の役は盲目のピアノ教師だったので、撮影前に盲人の動きとピアノ演奏の二つを練習する必要がありました。出演が決まってからそう時間はなかったはずですが、クランクインのときにはどちらもかなり様になっていました。しかし、なによりこの役を演じるのが難しいのは、やはり叔父との関係です。近親相姦をスキャンダラスな出来事として語ることを禁じたこの物語は、始まったときから既に二人の関係も終局にさしかかっています。彼女が登場したときから叔父と暮らす生活があたりまえに見えなければいけないし、同時に、叔父への執着の高まりと抑制も見せなければいけない。彼女はこの点でも良くやってくれたと思います。普段は理性的でありながら、叔父に迫る局面では女ならではの図太さ、鈍感さまでも感じさせて魅力的でした。
『恥辱の盗撮』の直前に撮影した西山洋市監督『ぬるぬる燗々』では、渡辺護さん(映画監督)が演じるジプシー居酒屋店主の娘を印象的に演じています。
理恵の叔父で精神分析医の井上を演じたのは堀内正美さん。井上役は、ホンを読んだ最初から全体を左右する重要なキャスティングであると感じていました。プロデューサーも早い時期から色々な役者の名前を挙げてきたのですが、どの人もあまりピンと来ません。そんなときです、普段はあまり見ない俳優年鑑をめくっていて「堀内正美」の名前に行き当たったのは。「ああ、この人がいた!」とちょっとした興奮状態に陥りました。ホンを読み直し、この人が井上を演じてくれたら、と想像するほどに他の役者では考えられなくなっていったのです。ただ、全裸で姪と絡むシーンなどもあり、堀内さんが受けてくれるかどうかが最大の懸念でした。台本を送り、断わられても何とか会って口説こうとまで考えていたのです。だから、あっさりOKの返事をもらったときにはかえって拍子抜けしました。撮影中、堀内さんと雑談しているときにそのことを話すと「うん、ホンがすごく面白かったからね」と笑っていました。やはりホンは大事です。
品のある色気、怖さ、脆さ・・・・・・技術のあるベテランですから、井上のそうした表情を的確に演じてくれたことは言うまでもありませんが、堀内さんを見ていて感じるのは顔の持つ説得力です。やはり映画は役者の顔が支えるものだとつくづく思えてきます。叔父が死ぬ直前の城野みさとの芝居では、それまでどこでも見たことのない顔を見せてくれたような気がしました。
ニセ鑑識の姿で登場するのは『未亡人誘惑下宿』の北山雅康。青井の友人で昔一緒にのぞき屋をやっていたという設定です。彼の中性的な声がこの役にほしいと思い、出てもらいました。ここでも、少ない出番で強い印象を残せる人です。井川が危ないところに行きかけた「死体写真愛好者」に対する取材の成果はこの北山と堀内さん、二人のキャラクターに分けて慎ましく反映されています。
青井に援助交際を持ちかける女は北林友紀。二役で、終盤にも登場します。オーディションでぼんやりしていたのが面白くて、出てもらいました。撮影のとき「監督、わたし一人で街に出て、役作りしちゃいました」と言うので「何をしたの」と聞くと、「援助交際する女の子の気持ちが分からなかったから、片っ端から知らない男の人に声かけて『私を買ってください』て言ったんです」と答え、その場に居合わせた皆を震撼させていました。もちろん、そういうことをしてはいけない、と話しましたが。不思議なムードを持った娘でした。
冒頭と最後の現場検証で登場する年輩刑事役の中村方隆さんは、「黒テント」や「自由劇場」など主に舞台で活躍していた役者です。堀内さんが昔よくそれらの芝居を観に行っていたそうで、「こんなところで中村方隆さんに会えると思わなかった」と感激していました。
冒頭で殺される女は『未亡人誘惑下宿』の河名麻衣。誰だったか、あるベテランのスタッフが「女の役者で死ぬ芝居がこんなに上手い奴、見たことない」と感心していたことを覚えています。