『首』(監督:森谷司郎、脚本:橋本忍)について(井川耕一郎)

(以下の文章は2007年2月28日に「プロジェクトINAZUMA」BBSに書かれたものです)


笠原和夫水木洋子橋本忍
この三人のシナリオライターには、どう受け止めたらいいのか、いまだによく分からない謎の部分があります。
リアリズムをとことんきわめる人なのだと思って見ていると、あれれ?となってしまう。
オカルトというか何というか怪しげな領域にすーっと吸いこまれていってしまう時期があるのですね。
笠原和夫なら、『愛・旅立ち』を書いていた頃。
水木洋子なら、『怪談』以後。
(晩年の水木洋子の机の上には心霊関係の資料が積まれ、書きかけのオカルト映画のシナリオがあったという)
そして、橋本忍の場合には、『幻の湖』が決定的な作品ということになるのでしょうか。


さて、その橋本忍ですが、去年、ビデオで見てからずっと私にとり憑いて離れない映画があります。
森谷司郎が監督した『首』。
原作が正木ひろしで、脚本が橋本忍
ということは、今井正が監督した『真昼の暗黒』と同じ社会派映画のはずなのですが、何かが決定的に違う。
社会派映画の枠からはみ出したような歪んだ部分があって、それがどうにも気になって仕方ない。


『首』のあらすじは大体こんな感じです。
昭和十八年、炭坑の現場主任が賭博容疑で逮捕され、その三日後に留置場で病死した。
警察の発表によると、死因は脳溢血。だが、現場主任を知る人々には納得できない死に方である。
そこで炭坑会社の女社長は弁護士の正木のもとを訪れ、真相を究明してほしいと頼む。
さっそく調査を開始した正木は、検事や警察が何かを隠していると感じる。
炭坑の現場主任は拷問されて死んだのではないのか……?
正木は、死因を確かめるには、死体を再調査する必要がある、と考える。
だが、警察の許可なく、埋葬した死体を掘り返すことはできない。
一体、どうしたらいいのか、と悩む正木に、ある医学博士がアドバイスをする。
再調査するのに、死体の全身はいらない。首だけあれば充分だ、と。


すると、小林桂樹演じる正木は、炭坑の女社長の前をうろうろしながら呟きだすのですね。
「死骸が腐っていく……死骸が叫んでいる……おれの体は腐っていってるんだ、早く首を切ってくれ……!
いや、腐っていってるのは死骸じゃない……この私だ……このままでは私自身が腐っていってしまう……!」
恐るべき死体への感情移入です。
ちょっと前のシーンで「遺体を無断で掘り出して、結局、死因が脳溢血だったらどうする?」と先輩弁護士が心配しているのに、
その言葉を確信犯的にふみにじって、死体に感情移入しているのですね。
まるで「正義を貫くには狂気が必要だ」と言わんばかりに。
で、うわごとのように「腐っていく……」をくりかえす正木を見ているうち、
女社長は恐くなってしまったのか、震える声で「首を切って調べて下さい」と言ってしまいます。


正木は死骸の首を切り取りに茨城へ向かいます。
このとき、正木は首切り作業をやってもらうために医学博士のもとで働いている男を連れていくのですが、
この男のたたずまいが何とも素晴らしい。
うすくなった頭頂部からわずかに生えている髪の毛が額にかかっている様といい、何を考えているのか分からない目つきといい、黙ってただ煙草を吸っている姿といい、
何とも陰惨で、マッドサイエンティストの下で働いている助手という感じがぴったりです。
(調べてみると、大久保正信という人らしいです)
で、ここから先の、雪が降る中、墓を掘り返して、死体の首を切り取るくだりは、社会派映画の枠から逸脱して、完全に怪奇映画のノリとなっていきます。


さて、首の再調査の結果ですが、死因は脳溢血ではなく、強い殴打によるものと分かります。
しかし、私が『首』にとり憑かれる原因となった場面は、このあとの展開にあるのです。


(以下、ネタバレになるので注意)


事件のその後について、映画は、長い時間がかかったが、裁判で正木たちは勝利した、と告げます。
そして、さらにナレーションは「不幸な被害者の首は慶應大学法医学教室で保管されていたが、空襲で焼失した」と続くのですが、
このときに、地下倉庫の棚にホルマリンづけの首が他の様々な標本と一緒に置かれているのが映り、
その棚がぐらぐらっと揺れたかと思うと、あっという間に炎に包まれる様子が描かれます。
このあたり、実に古典的な怪奇映画のラストのようです。


しかし、『首』という映画はそんなところでは終わりません。
映画はなおも続き、ナレーションはおよそこんなことを告げます。
「それから、十年がたったが、正木は不思議なほど変わっていない。戦争は終わったが、世の中の仕組みは変わらなかったということなのだろうか」
そして、法廷で熱弁をふるう正木が画面に映ります。
「被害者は薪割り用の斧で殺害されたと言われているが、実際はそうではない!」
そう言うなり、正木は張りぼての人の首をぐいっと突き出します。
その途端、傍聴席からわきおこる、ひえーっ!という叫び声。
だが、かまわず正木は弁論を続けます。
「犯人は出刃包丁で被害者にこうやって切りつけたのだ。まず第一撃はこう! そして次はこう! 次はこう!」
張りぼての首に出刃包丁を何度も振り下ろす正木。その顔をアップでとらえて映画は終わります。
『真昼の暗黒』も「次は最高裁だ!」と叫ぶ男の顔のアップで終わりましたが、
『首』の小林桂樹のアップはそれと同じようで決定的に違います。
小林桂樹演じる正木は確実に狂っている。
死骸が腐っていく、おれが腐っていく、と口走ったあたりから、
彼は首にとり憑かれてしまったのでしょう。
そして、彼はついに正気に戻ることはなかった、というふうに見えるのですが……。


張りぼての首に出刃包丁をがんがん振り下ろす小林桂樹の姿は、その後、怪しげな領域へと入っていく橋本忍を予告しているかのようで、実に禍々しい。
『首』は橋本忍の経歴の謎を解く重要なヒントを隠しているのかもしれません。