渡辺護、伊藤大輔を語る(3)−『薄桜記』、『御誂次郎吉格子』、『下郎の首』など−

 そう言えば、鞍馬天狗(横浜に現る)』に出てくる木の札は、造船所の通用門の手形なんだよ。そこに原健作演じる小原が爪で重要なメッセージを書いてるんだけど、これが木目や文字にじゃまされて読めない。
 ところが、その爪で書いたメッセージが読める女が出てくるんだよ。琴糸路演じる杉作の姉で盲目のお力が、点字みたいに指先で読んでしまう。
 こういうアイデアは『銭形平次捕物控 まだら蛇』の読唇術とちょっと似ているね。どっちも身体障害者が事件を解く鍵を知ってるっていうのかな。伊藤さんは本当に身体障害者を出すのが好きなひとだな。
 よく考えてみれば、『鞍馬天狗(横浜に現る)』と『まだら蛇』には他にもよく似たところがあるんだ。どっちも贋金組織の話だし、鞍馬天狗銭形平次も身元を隠して潜入捜査をやるしね。
 だからと言って、『まだら蛇』が『鞍馬天狗(横浜に現る)』のリメイクかと言うと、そうじゃないと思う。伊藤さんの中にあるものが自然に出てきたら、似通ってしまったってことじゃないかな。
 やっぱり、伊藤大輔は活動大写真の監督なんだよ。


 『四十八人目』東京国際映画祭で見た。忠臣蔵の裏話で、討ち入りに参加できなかった男の話だ。伊藤さんらしい題材の選び方だね。
 阪東好太郎主演だから、作品としては地味なものだよ。でも、山田五十鈴はきれいだし、何よりよかったのは、立ち回りだ。弱いやつが何とか切り抜けていこうっていうのかな。リアルな立ち回りを伊藤さんは撮っているんだ。迫力があったね。
 『四十八人目』はどっかでまたやってくれないかな? もう一度見てみたい、気になる映画なんだよ。
 忠臣蔵の裏話と言えば、伊藤さんが脚本を書いた薄桜記もそうだね。
 おれは監督・森一生を買ってないんですよ。
 そりゃあ、森さんは才能あると思いますよ。大体、東映時代劇の監督(松田定次とか渡辺邦男とか)に比べると、大映の御用監督たちの方が優秀だと思う。田中徳三池広一夫、それから、三隅研次だね。伊藤さんのシナリオで三隅研次が撮った座頭市地獄旅』なんかいいじゃないですか。
 街道を歩きながら、市と成田三樹夫演じる浪人がそらで将棋をさしている。で、いきなり市が「勝ったア!」と言って殺人現場にあった釣りの浮きを見せるとね、双方同時に抜き打ちだよ。ここは格好いいよ。
 ……おっと、話が脱線したから、元に戻さないとな。
 監督としての伊藤さんは、調子がいいときはどんどん傑作を撮るひとだけど、一つうまくいかないことがあると、どんどんダメになっていくんだよね。だから、伊藤さんの映画にはどうしようもない駄作がある。
 でも、そういう危うさも含めて、おれは伊藤大輔が好きですねえ。魅力のある監督だ。
 それに比べると、森さんの映画はいつもそつなくうまくまとめているだけで、映画としての魅力が足りないような気がするんですよ。
 実を言うと、おれの一本目の作品『あばずれ』のカメラは竹野治夫さん――森さんの一本目の『仇討膝栗毛』のカメラをやってた人なんだ(注)。それで、森さんのことは竹野さんからちょっと聞いてるんだよ。
 だから、森一生の映画を見ていると、時々分かるんだ。ああ、このシーンは夕方になって、そろそろ酒が呑みたくなってるときに撮ってるなって。おれにも昔、そんなところがあったからね。ここはさっさと終わらせて呑みにいこうなんてね。今はちがうよ。おれは酒も煙草もやめたから。やっぱり、体は大切だからね。
 えッ? ピンク映画の現場にはそんなに古くから映画をやってるスタッフがいたのかって? おれの現場には来てますよ。『聖処女縛り』なんかの照明をやってた近藤兼太郎さんも昔からの人だ。何しろ衣笠貞之助の『雪之丞変化』のときに照明助手で、チョンマゲつけてライトを仕込んだ御用提灯もってたっていうんだから。
 そういう人たちに支えられてたから、渡辺護のピンク映画は他のピンクとちがって画のレベルが高かったわけです。


 で、おい、何の話をしてたんだっけな。そうだよ、『薄桜記』だ。
 話の真ん中あたりで、市川雷蔵の留守中、奥さんが眠り薬をのまされて犯されそうになるんだよ。やったのは市川雷蔵に怨みを持つ連中だ。奥さんは武士の妻らしく成敗してくれなんて言い出す。でも、そんなことで愛する妻を斬ることはできないわけだ。
 市川雷蔵は奥さんのことを思って、何とか理由をつくって離縁することにする。けれど、別れのときに言うんだ。
「(犯されそうになったのは)そちの罪ではないから咎めはせぬ。咎めはせぬが、そちの体をわしは赦すことが出来ないのだ。理屈で、頭で、赦していて、わしの体が赦そうとせぬのだ」
 この台詞は凄いですよ。伊藤さんでなくちゃ書けない怖い台詞だ。
 でも、森さんの撮ったものだと、この場面はただの説明にしかなってない。市川雷蔵の苦しい胸のうちまできちんと撮ってないと思うんだよ。
 そもそも、奥さん役の女優がよくないと思うね。女優に魅力がなくっちゃ、市川雷蔵がいくらがんばったって引き立たないよ。今で言やあ、松たか子あたりを連れてこなくちゃいけないんじゃないかな。
 大体、『薄桜記』のシナリオをもらったら、こりゃ、いつものようにやってちゃダメだ、と思わないと。予算もスケジュールもきっちり守って合格品をつくりますみたいな、そんな姿勢は捨てないといけないんだよ。
 おれは大和屋ちゃんが書いた『おんな地獄唄 尺八弁天』のシナリオを最初に読んだとき、震えたからね。江戸弁のいい台詞、いいシーンばっかりだよ。
 撮影のときには、おれだけじゃなく、みんな、のりにのっていた。「弁天、明かりが欲しいところだな」なんて台詞は現場ではやってね。照明のことになると、「明かりが欲しいところだな」って、誰かが言うんだ。
 役者も自分の役にのめりこんじゃって、ライバル心燃やして、お互い口をきかないんだよ。朝、ロケバスから役者が降りるのなんか見ていて笑っちゃうよ。工場主役の武藤周作なんか、ふんぞりかえって偉そうにバスから降りてきてさ、もう役になりきってるんだ。
 そういう現場で、予算やスケジュールを気にしてられるかってんだよ。
 かまうこたあねえや、どんどんやっちまえってなもんさ。
 おかげで『尺八弁天』は予算オーバーだ。赤字は、安上がりなピンクを撮って穴埋めしたけどね。まったく大和屋ちゃんの脚本で何本も撮ってたら、こっちが破産しちまう。
 でも、映画監督ってのは、ここだ!ってときには、予算もスケジュールも放っぽりだして、気狂いみたいにならないといけないんじゃないか、と思うんだよ。


 『切られ与三郎』は『片目だけの恋』だよ。富士真奈美演じる与三郎の妹と小田切理紗演じるユカは似ているんだ。どこが似ているかというと……、いや、公開前に話すのはいけないな。それにしても、『切られ与三郎』の富士真奈美は可愛かったねえ。
 『御誂次郎吉格子』は、去年、フィルムセンターで『斬人斬馬剣』と一緒に見た。
 おれは長谷川一夫主演で伊藤さんがリメイクした『治郎吉格子』の方は封切りで見ているんですよ。いい映画だった。
 でも、二本並べてみるとね、オリジナルの『御誂次郎吉格子』の方がいいんだよね。ラストで鼠小僧次郎吉を逃がすために、お仙が淀川に飛びこむでしょう。「お仙って女がいたことを忘れさせないよ」って、鼠小僧のふりをして川に飛びこむ。そうすると、「河だ!」「河に逃げたぞ!」って御用提灯が集まってくる。
 このあたりの画面構成は本当に見事ですよ。さすが伊藤大輔だ! そりゃあ、お仙役はオリジナルの伏見直江より、リメイクの高峰三枝子の方がいい女だけどね。
 『下郎の首』は封切りのときに見ているけれど、伊藤さんの作品としてはそんなに好きなものじゃなかったんですよ。でも、最近、ビデオで見直してみたら、嵯峨三智子がいいんだよね。
 それから、『下郎の首』で好きなのは、地蔵のナレーションで始まるところだね。最初、現代の河原の景色が映って、地蔵の声が聞こえてくるんだ。「私は見た。見ていた。ここで行われたことの一部始終を……」と言って、江戸時代の景色になっていくんだよ。
 今じゃ誰も知らないことをお地蔵さんだけが覚えている空しさっていうのかな。そういうのがおれは好きなんだよね。
 そういえば、『連続殺人鬼 冷血』のときだ。
 シナリオハンティングで大津に行ったんだよ。実録犯罪ものだからね、おれとライターの佐伯俊道の他に、カメラの鈴木(史郎)ちゃんや、前にちょっと話した照明の近藤(兼太郎)さんもいた。
 大津インターを見たあと、そろそろ飯にしようってことになったんだ。そうしたら、近藤さんが「監督、安くてうまい店、知ってるから」って言うんだよ。前に撮影でこのあたりに来たことがあるっていうんだ。
 みんな、おとなしく近藤さんのあとをついて行ったよ。ところが、いつまでたっても店に着かないんだ。で、近藤さんに、いつ頃、撮影で来たのか、訊いてみた。
 そうしたら、昭和四、五年だって言うんだよ! おい、おれが生まれる前の話だよ。店なんか残ってるわけないよ。
 「カンベンしてくれよ」って、みんな、ぼやいてたな。
 でもね、おれは近藤さんの案内で歩いていて、ちょっと楽しかった。
 古い町並みに、古い橋――いい景色なんだよ。
 今はもう誰も知らないけど、あの橋で鞍馬天狗近藤勇が対決したシーンを撮ってたのか……そう思うと、おれには何だかとても大切なものに見えてきたんだ。


注:ピンク映画について常にレベルの高い研究を行ってきた現代映像研究会の会報第7号(2001年1月)に載っている渡辺護インタビューには、次のような発言がある。


「俺が監督第1作の『あばずれ』を撮った時は、スタッフ豪華ですよ。脚本の吉田義昭は、シナリオを一緒に書いてた仲間ですけど、学研の教育映画の助監督やってた時にお世話になった人達がいるわけですよ。『渡辺さんが一本目やるんなら』って、製作主任の関喜誉仁なんて、マキノ雅弘丹下左膳』(56)のチーフですよ。カメラマンは、森一生のデビュー作『仇討膝栗毛』なんて撮った人だからね。竹野治夫っていう大ベテランですよ。生田洋って名前でやってますけどね。ホント、ふざけてんだよ。ピンクだからって、「いったよぅ」ってことなんだけどね」
「よく夜のシーンを、ツブシって言って昼に撮ったりするんだけど、竹野さんはツブシ一切やらないんだから。自分で大きなライトを持ってきて、キッチリ、セッティングしてね。女優の左京未知子が『やる気になるわ〜』なんて言ってたよ」